REALIZE Stories 社会の進化を、世界の可能性を、未来の希望を、描いた者たちの物語。

2026.05.27

野生動物の保護管理に挑む

はやし こうへい

林 航平

名城大学農学部生物環境科学科卒
株式会社野生動物保護管理事務所 主任研究員
1993年生まれ

 行政機関などに野生動物の保護管理に関わる専門サービスを提供する株式会社野生動物保護管理事務所(Wildlife Management Office Inc.略称WMO)。主任研究員を務める林航平さんは、名城大学農学部を卒業後、東京農工大学大学院を経て2018年にWMOに入社した。シカやサルに加え、近年急増するクマの市街地出没など、現場の最前線で動物と向き合う日々を送っている。「豊かな自然・生物多様性を持続させるためには、野生動物管理の概念を社会に広げ、定着させなければ」と独自のキャリアを切り拓いている。

人生を変えた「クマ研」活動

  • 岐阜県白川村周辺での調査活動
    岐阜県白川村周辺での調査活動
  • 大学研究林では日本最北、北大天塩研究林での調査
    大学研究林では日本最北、北大天塩研究林での調査

 林さんの中学・高校時代は、ラグビー漬けの日々だった。名古屋市北区の小学校を卒業後、学童保育の先輩の誘いで市立北稜中学校のラグビー部へ入部。公立中学校のラグビー部は珍しかったが、愛知県選抜に選ばれるほどの活躍を見せ、スカウトを受けた名古屋高校では、ラグビーの聖地である花園出場を目指し青春を捧げた。転機が訪れたのは、2012年に名城大学農学部生物環境科学科へ入学した時だ。高校時代に怪我が多く、ハードなコンタクトスポーツを第一線で続けることが難しくなったため、ラグビーに代わる道を模索していた林さんの心をつかんだのは、環境動物学研究室の新妻靖章教授(当時准教授)の初回の実習説明会で先輩から紹介された「クマ研」の活動だった。新妻教授は北海道大学農学部出身の動物生態学の専門家であり、学生時代は「北海道大学ヒグマ研究グループ」で活動した経歴を持つ。週末を利用し、林さんたち1年生6人は岐阜県白川村でのツキノワグマの生態調査に加わった。白川村周辺の大半はブナやミズナラなどの天然林で、ツキノワグマ本来の生息を知ることができる環境だ。初めて足を踏み入れた森は、見渡す限りの深い藪だった。道なき道をかき分けて進み、木に残された爪跡や糞などの痕跡を探す尾根歩きの調査は、ラグビーで培った体力が存分に活きるフィールドワークであり、林さんはたちまち魅了された。

 2年生の時には、新妻教授の紹介で「北海道大学ヒグマ研究グループ」の調査にも参加した。札幌から車で北へ5時間かかる幌延町にある、日本最北の天塩研究林でのヒグマ調査である。先の見えない藪の中を蛇行する過酷な沢歩きも体験した。「名城大クマ研はフィールド調査を楽しんでいる感じでしたが、北海道大学ヒグマ研究グループはどっぷり研究に浸かっている、ごりごり派集団に見えました」と林さんは語る。

アクティブに駆け抜けた学生時代

  • SAでの活動の様子
    SAでの活動の様子
  • 卒論で使用したシベリアイタチの頭の骨(机手前の骨格標本)は今でも大切に保管しているといいます
    卒論で使用したシベリアイタチの頭の骨(机手前の骨格標本)は今でも大切に保管しているといいます

 林さんの学生生活はアクティブだった。北区の自宅から天白キャンパスまで片道50分をかけての自転車通学。雨の日もカッパを着て朝8時に家を出て、夏は運動部が使うシャワー室に直行してから講義や実験に臨んだ。夕方からはフィットネスクラブでのアルバイトや筋トレをこなし、24時に就寝するというバイタリティな日々を送った。

 林さんは外国人留学生を支援するスチューデントアシスタント(SA)の活動にも2年生から精を出した。中学時代にオーストラリアでのホームステイ経験や、高校時代には実家がホームステイ先となって留学生を受け入れた経験があり、海外交流が身近だった。このSA活動での経験は、現在の仕事の重要な土台になっているという。

 「文化や価値観の異なる留学生とコミュニケーションを取り、関係を深めた経験が今のベースです。現場の一つである地方の集落では、私たちの日常とは生活環境も大きく異なり、科学的な視点に馴染みのない方々と関わる機会が多々あります。多様なバックグラウンドを持つ方々と同じ目線に立ち、専門用語を砕いて調査のお願いや交渉をする対人スキルは現場で非常に重要。野生動物の管理は、究極的には『人の管理』になります」

 農学部時代に所属した環境動物学研究室では日野輝明教授(2024年3月定年退職)の指導を受けた。日野教授や新妻教授の紹介で参加した下北半島での北限のニホンザルの雪山調査では、全国から集まった学生と年末から1週間歩き通した。大台ケ原・東大寺周辺でのシカの生態調査など、各地のフィールドを駆け回った。さらに、「なごや生物多様性センター」での外来種動物の解剖・調査にも参加。特にセンターでの解剖にはすっかり「ハマって」しまい、卒業研究ではシベリアイタチをテーマに選択した。胃内容物からの食性調査や、骨格標本を作成して抜歯を行い、歯から年齢査定をする手法などを用いた緻密な研究に打ち込んだ。「今でも骨格標本の作成は趣味で続けていて、この時の解剖の経験が生きています」。学生時代に没頭した体験が専門家としての確かな技術的基礎を形作っていった。

「自然と科学で飯を食う」ことと葛藤の現場

  • 植生調査の様子
    植生調査の様子
  • センサーカメラの調査
    センサーカメラの調査

 名城大学卒業にあたり、林さんは就職ではなく大学院進学を迷わず選んだ。クマ研などの活動を通じて、自分の足と五感を使って泥臭く調査・研究に取り組むプロセスが、自らの気質に驚くほど合っていると確信したからだ。自然保護分野で先駆的な研究で知られる東京農工大学大学院へ進学し、丹沢(神奈川県北西部)周辺のニホンザルの環境選択について野外調査と統計解析に取り組んだ。

 並行して国立科学博物館が開設しているプログラムを受講し「サイエンスコミュニケーター(SC)」の認定も受けた。学部時代はただ自然や動物と真っ直ぐに向き合うことに熱中していたが、大学院へ進むにつれて「人間と動物」「社会と科学」の接点へと関心が広がっていったという。

 修士過程修了後の進路としては、JICA(青年海外協力隊)への参加が選択肢に浮上した。帰国者報告会で海外での生態調査や森林保全の体験談を聞き「自分も海外の現場を体験したい」と強く惹かれたのだ。しかし、母親から「まずは一回就職してくれ!」と釘を刺されたこともあり、悩んだ末、自らの強みである野生動物の調査実績とSC資格を生かせる職場を探した。そこで選んだのが、名城大時代の下北半島でのサル調査などで一緒に活動したことがあり、名前を知っていた民間会社のWMOだった。

 同社は東京・八王子の本社や関西支社など全国4拠点(入社当時2拠点)を構え、獣医学科出身者や生態学で博士号を取得した社員など、多様で専門性の高い100人超の人材が集まる専門家集団だ。同社紹介サイトで林さんは「〝自然と科学で飯を食う〟をモットーに入社しました」と自己紹介している。

 仕事での現場には常に緊張感が伴う。電波も届かない山奥での踏査調査や、錯誤捕獲されたクマに麻酔銃を撃ち込むような危険が伴う命がけの作業も多い。その一方で、獣害に苦しむ地域住民の切実な怒りにも直接触れる。「私は家で犬や猫を飼ったことがないんですが、人生で一番直接触っている動物はたぶんクマやサルなんじゃないかと思います」と苦笑する林さん。現在は個体数推定などのデータ解析も担当しているが、パソコン上のシミュレーションが実際の現場と合わないことも多々ある。「それを肌感覚で分かっていないと実効性のある計画は作れません。だからこそ、都会からは見えにくい最前線のリアルを知ることができる現場をものすごく大切にしています」と林さんは語る。

野生動物管理を「社会インフラ」へ

  • 錯誤捕獲対応の現場
    錯誤捕獲対応の現場

 クマは、食べた果実や種子を広範囲かつ長距離に移動させて糞とともに排出し、新たな地にまくことで豊かな森を育む。クマは生態学的に、生物多様性を守る傘(アンブレラ種)の役割を担っているのだ。しかし昨今、クマの市街地への出没が相次ぐ中で、「クマを何とかしてほしい」という切実な声もきこえてくる。

 林さんは、「生物多様性を維持していくためにはクマという存在が森に不可欠であり、これはサルやシカ、イノシシなども同様だ。だからこそ野生動物管理は、単に危険な動物を駆除するだけの仕事であってはならない。人間社会と豊かな自然生態系が持続的に共存するためのデザインが必要。野生動物管理の概念を社会にとって不可欠なインフラとして定着させたいです」と力を込めて語る。

 経験を重ね、プロジェクトのリーダーを任される機会も増えた。そこで林さんは今、自らの活動の幅をさらに広げようとしている。「これまでは国や自治体など行政からの仕事が中心でしたが、これからは行政だけでなく、民間のニーズもしっかりと汲み取って仕事の幅を広げていきたい」。その思いから、ここ2年ほどは大学で野生動物管理の仕事を紹介する講義を担当している。さらに、博物館での市民講座や地域住民を対象としたワークショップの開催、サイエンスカフェへの登壇など、精力的に活動している。地域住民に科学的な情報を分かりやすく翻訳し、合意形成を図る場面において、学生時代のSA活動やSCとして学んだコミュニケーションの経験が存分に生かされているという。

とことん走りぬく学生時代を

 「より野生動物や自然と社会の接点を作り、両者を繋ぐ活動に注力していきたい」と意気込む林さん。自らの道を切り拓き、第一線で走り続ける林さんから、開学100周年を迎えた母校の後輩たちへ熱いメッセージだ。

 林さんが、農学部の講義で出会い、今でも強烈に心に突き刺さっている言葉がある。「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」(『鏡の国のアリス』より)という言葉だ。

 激変する社会の中で変化の波に「走らされる」のではなく、自分が「どの方向に走りたいのか」「何に対してなら夢中で走り続けられるのか」を見つけるための準備期間こそが大学生活だと林さんは考える。

 「名城大学には、皆さんの好奇心を受け止める『無限の可能性』が広がっています。様々なことに首を突っ込み、自分の足で現場に立ち、とことん走り抜いてみてください。その熱狂した経験と体力が、これからの激動の社会を生き抜き、皆さん自身の目標を『REALIZE』する武器になるはずです」