Challengers' Action

研修レポート
―生きていく上での心構え―

経営学部 経営学科 1年 森川 英美

2019年04月01日

コア・プログラム(1年次プログラム)

海外研修での目的

ミャンマー・タイの海外研修を通して持っていた目的は以下の5つだ。

1. 英語を母国語としない人との英語のやり取りについて、今の自分の能力でどのぐらいスムーズにコミュニケーションが取れるのかを知る。

 これは、約1年間のカナダ留学を終えた3年前の英語力よりも、今の方が劣っていることを知っているにも関わらず、勉強を継続していない自分に喝を入れるための機会として捉え、設定した目的。

 大学生になり、アルバイトをして私は仕事を知った気になっているということを、同級生で社会人として働く友人の姿を見て痛感した。そこで研修を通して働くことの本来の形を身をもって知りたいと思うようになった。

3. 発展途上国・中進国で過ごす中で気づくことの無かった日本の「当たり前」に気づく。

 日本国内で生活するだけでは、改まって今ある幸せに気付くことはなく、あったとしても体調を崩した時など、イレギュラーな環境に置かれた時しかない。だからこそ当たり前の幸せに気付くことができる温かい心の持ち主になりたいと思い、そのためのひとつのステップとして日本とは異なる状況下にある国で生活をする。

4. 生活様式・文化の違いから、デザインを生み出す見えないインサイト(洞察の対象となるもの;消費者のニーズに直接表れない心理を洞察する意)を読み取る訓練をする。

 将来は人と地球に愛されるものを開発するデザイン職に就きたいという夢があり、そのために必要な能力として消費者のニーズの裏にあるインサイトを見つける力がある。他言語を話す、他文化を持つ世界を実感して今までとは違う角度でも物事が捉えられるようになりたいと思い、この目標を設定した。 また、今後デザインを起こす上でデザイン性・スタイルの選択肢を増やしたいと思った。

5. 共同生活の中で必要な気遣いのできる人になる。

 数十日間、四六時中団体で行動する機会は滅多になく、価値観を広げるためにも有効的に毎日を過ごしたいと思った。

ミャンマーでの交流で実感したこと

 ミャンマーに5日間、タイに9日間滞在してホテルを転々としつつ、現地で働く日本人や大学生との交流、企業見学や観光を繰り返した。ミャンマーでの生活自体は慣れないことばかりで、最初の2日間は慣れることに必死だった。車が走れば朝であってもクラクションが鳴り響き、トイレのトイレットペーパーは流洗式ではなく、外食の際には衛生面に気をつかう。現地に住む人間からしたら当たり前のことも、初めて訪れた人にとっては非常識な「常識」がたくさんあることを自分で体感して、日本で外国人と触れ合う機会や困っている人を見つけたら親身に寄り添いたいと思った。



 また、世界中の人に愛されるものを創造するための柔軟な想像力を身につけるために、国内外関わらず様々なところに出向くというひとつの目標ができた。この研修の中でミャンマー日本人材開発センター(MJC)に出向くまで、私はミャンマーについて名前を聞いたことがあるぐらいで、どこにあるどんな国なのか全く知らなかった。そこには日本と関わりを持つミャンマー人の方々がいらっしゃり、私は彼らを目の前にして何もできなかった。研修に行く前にミャンマーについて調べたり、本を読んだりして学んでから臨むべきだったと感じた。自分の無知を認めなければ次の成長はないのだろうとも感じ、質問が浮かばなかったのも何も知らないからだと感じた。



 ミャンマーで起業して働く日本人の方々の話を聞いて、彼らはエネルギッシュであり、日本で働く日本人とは考え方が大きく違うと思った。彼らに共通していたのは、自分にとって何かの転機が訪れた時に、自らポジティブな方向に舵を切った人間であるということ。語弊があるかも知れないが、人間は何かネガティブな要素を持つ出来事が自分の身に起きないと、その後を変える大きな行動には出られないこともまた事実なのではないかと感じた。もしそうだとすれば、私が今できることはより多くの場所を訪ねて、見るものや感じるもののすべてを「自分事」に置き換え、自分や他人の気持ちの変化を感じる経験を積むことだと思う。19年間生きてきて、よく言えば平和に、悪く言えば何事もなく過ごしてきた私は、自分の身に起こることを恐れ過ぎず、また言い訳を考えずに挑戦していかなければならない。



 工場見学では、タイムスリップしたような気分になった。日本とは状況が異なるとしても、そこで働く人々の働きぶりを見習わなければならないと思った。実際にアルバイトを除いて日本で働いたことはないが、自分が客として店に行くと嫌な気分になることも少なくはない。仕事も物も溢れかえるなかで過ごす日本人は、忘れてはならない初心を忘れている気がした。私自身、働くことは喜びだと感じる。何故なら動かせる頭や体があって、お金を稼ぐこともできれば、他人を笑顔にする力も持っているからだ。綺麗事のようにも感じるが、周囲に人がいるから自分は自分でいられるのだと思う。仕事を通して新たに人間関係を築くことは、自分やその相手のみならず国や後世へのエッセンスになると思う。



 トヨタのディーラーやビール工場を訪れた際は、もっと日本のことも勉強して日本人として胸を張って海を渡れるようになりたいと改めて思った。特にビール工場を経営するマンダレーブルワリーの藤原さんの社員教育には感銘を受けた。社長として単に会社を運営していくのみならず、日本人としてミャンマーに貢献できることを見つけ出し、未来の利益を考えること。今、直接自分に恩恵がないことでも、環境への問題意識を与えることや子供へ見せる大人のあるべき姿の定着を徹底させていて素晴らしいと思った。

仕事への姿勢、働く環境の重要性

 タイで過ごした時間はミャンマー以上にあっという間で、その中で感じることも多くあった。



 TT FUJI TOOL SUPPORT CO., LTD.では、仕事に対する熱量に圧倒された。3日間という短い期間ではあったが、様々な部署の従業員の誰もが高い目標と問題意識を持ち、各個人が持つ問題でさえも朝のミーティングで共有するという姿勢を間近で見て感銘を受けた。社会人にとって、会社に入社したら当たり前の「ホウレンソウ」の一部なのだと思うが、私の想像を超えた仕事に対する熱意を目の当たりにして、自分は何を甘えたことを考えてキャリアウーマンになりたいと言っていたのかと思った。私は好きなことを仕事にすべきか、それとも好きなことは趣味に留めておくべきか悩んでいたが、私の答えは前者になった。厳しいルールがある社内で、1日8時間以上、いやそれ以上仕事について関わる時間があるとすれば、自分はその物事自体に対する熱意がなければ成立しないと実感した。今ある夢の実現に向けて、逃げることなく目標を持ち続けて、いきなりデザインの仕事に就けなくてもコツコツ頑張りたい。



 また、会社が一定の力量を保ちながら、良いものやサービスを提供するために必要なのは資金以上に人間であると感じた。もちろんルールとして定められているために行う業務であることには変わりないが、それを機械的に行わず、何故それを行うのか、それを行うことが何に繋がり、怠ればなにが起こるのかまで全部署の従業員が把握しているからこその、TT FUJI TOOL SUPPORT CO., LTD.の精密な製品だと分かった。部署ごとに担当する業務が異なっても、扱うのは同じ1つの小さな部品であって、部署が連携することで顧客に必要なものを作り上げているのだ。



 豊田合成アジア株式会社では、日本企業であるからと言って日本人に頼りきらず、タイ人だからこそできることなど、得意な分野を生かして働いておられ、失礼ながら私の想像していた工場のレベルとは桁違いの工場であったことをよく覚えている。経営する側が、タイ人の体質に合った作業環境、モチベーションを上げるための表彰等の施策、平均身長の低いタイ人にとって作業しやすい設備などを考慮した様々な工夫が見られ、働く環境が働く人に与える影響力の大きさも分かった。

海外研修を終えて

 何を根拠に今まで偉そうに生きてきたのだろうかと身が引き締まった、という感覚が研修を終えて強く感じた手応えだ。大した努力もせず、生まれた時から恵まれた環境で育ってそれなりに生きてきた私に対し、今回研修で出会った人たちは、私とは桁違いの努力をしていて、それでいて謙虚であった。5つの目標を掲げていたものの、それ以上に人としての生き方を学んだ研修になった。



 世の中にはいろんな人がいて、理不尽なことを言われたりされることもあるが、それらをうまく受け流すのは自分の器次第で可能であること、それらの経験をステップにできることを知った。自分にとっては一見ネガティブな出来事であったとしても、生きている以上無駄なことは何もないのだと勇気をもらった。



 また、様々な立場を持つ人々と会話をする中で、自分がプロになれる分野をつくるとともに、幅広い事柄に興味を持って一つのことに依存しないことの必要性を強く感じた。プロにならなければ相手を引き込む深い話はできないし、様々なことを浅くでも知っていなければ相手が気持ちよく話を続けられない。死ぬまで生涯勉強だということを胸に刻んで、なんでも吸収してアウトプットするサイクルを確立させなければならないことを、改めて強く感じさせられた研修になった。