2026/03/18
経営学部 国際経営学科3年 田中駿志(たなか しゅんじ)さん
小学生から始めた武術太極拳。これまでにジュニアオリンピックカップをはじめ、数々の大会での入賞経験を持つ田中さんは、国内でもトップクラスの選手。
「敵は昨日の自分」と言い切る田中さん。競技人生の目標を2026年名古屋開催のアジア競技大会に定め、厳しい練習を積み重ねています。

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「太極拳」はよく耳にすると思いますが、武術太極拳は、長拳、太極拳、南拳、伝統拳の4つのカテゴリーに分かれた採点競技です。長拳の中に、徒手(素手)、槍術、刀術、剣術、棍術(棒状の武器を用いる種目)があります。カマキリ拳や猿拳、酔拳といったいわゆるカンフー映画に登場する型は伝統拳で、武術太極拳の一つです。早朝の公園で見かけるゆったりと行う太極拳とは別物で、競技としての武術太極拳は、スピードと力強さ、しなやかさが共存する本格的なスポーツです。
私は長拳が専門で、小学2年生から現在まで一貫して長拳のみを練習してきました。
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フィギュアスケートに近い採点方式で、回転技の回数や足の高さ、動きの滑らかさはもちろん、表情管理や力の通り方まで細かく評価されます。さらに「精神風格」と呼ばれるものも採点項目にあります。精神風格とは、内から溢れ出るオーラのようなもので、積み重ねてきた練習量や自信が、演技にそのまま滲み出るものだと考えています。そのため、私は毎日鏡と向き合い、形だけでなく自分の内面も磨き続けています。唯一のライバルは「昨日の自分」。これがこの競技の本質だと思います。
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小学1年生の時に、映画「ベスト・キッド」を観て、「カッコいい!やってみたい!」と思ったことがきっかけです。父の勧めもあり、小学2年生の春から道場に通い始めました。最初の頃は、正直、準備体操として行う鬼ごっこが楽しくて通っていたようなもので、競技への意識はほとんどありませんでした。当時はサッカー、野球、ピアノ、水泳、体操教室、英語とほぼ毎日習い事に通っており、あらためてさまざまな経験をさせてくれた両親には感謝しかありません。
小学5年生の時に、道場のクラスが初心者から上級へ上がったことが転機となり、本格的に取り組むようになりました。上手な選手たちを目の当たりにして、「あんな風になりたい」と、競技への情熱に火がつきました。
中学2年生の時には全国大会で銀メダルを獲得。西日本強化指定選手に選ばれたことで、他のすべての習い事を辞めて武術太極拳一本に絞りました。以来、平日は19〜21時半、週末は10時半〜17時半、火曜日は体力トレーニングという生活リズムが今も続いています。
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大きな挫折は2度あります。1度目は高校2年生の夏ごろ。「武術太極拳はマイナーな競技なので将来につながるのか」と先々のことが不安になり、練習の頻度がかなり減りました。この間、スケートボードやアルバイトに時間を費やし、普通の高校生として半年ほど遊びました。それでも高校3年生の時、コーチの説得で第30回ジュニアオリンピックカップに出場したところ、なんと銀メダルを獲得。小学生の時から積み上げてきた基礎が体に刻み込まれていました。ここからスイッチが入って再び練習に精を出す日々になりました。
ところが大学入学直後に2度目の挫折を経験。この時は髪も金髪にして遊び回りました。気づけば大学1年の夏で、半年近く過ぎていました。全日本選手権の映像を見て、長年共に戦ってきた同期が出場している中で、自分だけが出ていないことに違和感と焦りのようなものを覚えました。さらに、ここまで自分の親よりも一緒に過ごした時間が長いコーチに、まだ何も恩返しができていないと気づき、再び本気モードになり、現在に至ります。
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最初の挫折の時に、「有名な大学に進学することが将来のリスクヘッジになる」と考えました。名城大学は愛知県だけでなく全国的にもネームバリューがありますし、就職に強いという点が決め手でした。経営学部を選んだのも同じ理由で、武術以外の自分の軸を持ちたいと思ったからです。実は、大学のキャンパスと道場が非常に至近距離にありました。今となってはこれも「運命」だと感じています。指定校推薦で入学し、今は経営学部で学びながら競技も続けられる環境に感謝しています。
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大きく2つあります。1つは「視野が広がったこと」です。国際経営学科でフランス企業のグループ研究をしたり、グローバルプラザで外国人学生と交流する中で、世界を意識するようになりました。世界大会やアジア競技大会では、各国の選手と交流する場面が多く、相手の国のことを知っていると、自然と会話も弾みます。英語もまだ話せるレベルではありませんが、積極的に英語に触れることで確実に語学力もつきましたし、多角的な視点を持てるようになったと実感しています。
2つ目は「自分だけの強みを作れたこと」です。国内の最大のライバルが大阪にいるのですが、彼は大学に進学せずに、工場で働きながら武術に集中しています。今は彼を追いかけている立場なのですが、同じことをやっていては勝てないと思っています。そういう意味では、私の場合は大学でいろいろな人と交わり、多様な価値観に触れることができ、それが自分にしかない強みとなり、試合に必要な「風格」につながっていると信じています。
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やはりグローバルプラザでの外国人との交流です。最初は授業の一環で訪れたのですが、言葉が十分話せなくてもコミュニケーションが成立する体験がとても新鮮でした。「伝えようとする姿勢」が大切だと気づいたことは、競技にも通じます。
少し変わった授業も印象に残っていて、アジアの社会問題について、クラブミュージックを爆音で流しながら映像を見て考えるという授業があり、あまりのインパクトの強さに忘れられません。「大学はこんなことまでするのか!」と驚いたほどです。個性的な先生も多く、多様な刺激を受けられる環境は、名城大学の魅力だと感じています。
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必要とあれば、休学も辞さない覚悟で臨んでいます。武術太極拳の競技年齢は、18歳でシニアに上がり、25歳ごろまでと言われています。現在21歳ですから、まさにベストタイミング。4、5月の予選を逃せば、次のチャンスは4年後ですから年齢的にも厳しくなります。コーチは、小学2年生から私のすべてを見てきた「第2の父」です。どんな時でも温かく見守り続けてきてくれました。その恩に結果で応えたい。練習、食事、睡眠、すべてをアジア競技大会に集中させ、ライバルを倒し、日本代表の座を掴みます。今はそのことしか考えていません。
名城大学の皆さん、代表になれた暁には、ぜひ愛知県武道館に応援に来てください!
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今は2026年9月に愛知・名古屋で開催される第20回アジア競技大会(愛知・名古屋)への出場が最大の目標です。4月に第1次予選、5月に第2次予選で優勝すれば日本代表として出場できます。大阪在住の最大のライバルは、私と同じ年ですが、競技歴は私よりも2年長く、世界大会のメダル獲得経験もある強敵です。採点競技は過去の実績が審判の評価にも影響するため、今の私はまさに「挑戦者」。ただ、最近の練習では互角かそれ以上に仕上がっているので手応えを感じています。毎晩、彼の演技動画を研究しながら対策を練っているところです。
愛知県春日井市出身。幼い頃から体を動かすことが大好きで活発だった。ジュニアオリンピックカップで準優勝2回、鹿児島国体公開競技会優勝、国体で2連覇など、数々の大会で入賞。小学2年生から武術太極拳を始めてから紆余曲折あり、練習頻度が落ちたこともあるが、練習をやめたことはない。コロナ禍で道場に通えなかった時も公園などで練習していた。何事も中途半端が嫌い。コーチいわく「納得しなければ動かない芯の強さが強み」。
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