2019年10月9日、スウェーデン王立科学アカデミーからノーベル化学賞の受賞者が発表された。物理学者でテキサス大学オースティン校教授のジョン・グッドイナフ氏、化学者でニューヨーク州立大学ビンガムトン校教授のスタンリー・ウィッティンガム氏、そして旭化成名誉フェローで名城大学教授の吉野彰の3名だ。
同氏らが開発したのが『リチウムイオン電池』。スマートフォンやノートPC、デジタルカメラ、デジタルビデオカメラなどに搭載され、充電して繰り返し使用できる二次電池だ。研究・開発の始まりは、石油の枯渇が危惧されていた1970年代。エネルギー問題を解決する技術として、ウィッティンガム氏が正極に二硫化チタン、負極に金属リチウムを使った二次電池開発を進めていた。しかし発火の危険性があり商品化に至らず。その後、グッドイナフ氏が正極にコバルト酸リチウムを使用するアイデアを打ち出したが、負極の金属リチウムに代わる素材を見いだせず、発火の問題を解消できずにいた。1980年代はじめになると、原油価格の落ち込みで、欧米では徐々に二次電池への関心が薄れていった。
その志を引き継いだのが吉野だ。きっかけは、電気を通すプラスチック『ポリアセチレン』という素材との出合い。当時、吉野は世界中が注目するポリアセチレンの性質を調べ、どのような製品に応用できるかを探っていた。その中で候補にあがったのが二次電池の負極としての活用だ。負極にポリアセチレンを使用した二次電池の開発をスタートさせ、エネルギー密度の高い電池をつくるため、リチウムが入っていることが必須の正極材料を模索した。
世界が関心を失いつつあるなかで、吉野は研究を続けた。リチウムイオン電池の実現は見えてきている。ただ、それがどのような姿であれば、社会に必要とされ、活用されるか。そのヒントは、『流行』にあった。
当時、モバイル機器の開発が活発になっており、『ポータブル』という言葉が流行っていた。『コードレス』や『ワイヤレス』という言葉が盛んに使われていた。モバイル機器の開発と並行して、機器を小型・軽量化するための電源として、エネルギー密度が高く、かつ再充電可能な二次電池は大きな可能性がある。吉野は時代の流れのなかで、社会がどう変化していくか、何が求められているのかという匂いを感じ取った。研究は、より具体的な実現像を得て、加速していった。
手元の材料、知識から研究をスタートし、試行錯誤を積み重ねながら、時代の流れを見つめ、必要であろうものを感じ取って具体化する。長きに渡る時を超えて、リチウムイオン電池はようやく、吉野の手によって実現へと進んでいった。