PLATFORUM

基調講演
人口17,000人の小さな町の
世界一チャレンジしやすい町への挑戦

社会連携センター

「共創によるソーシャルビジネスの生み出し方」をテーマに開催されたPLATFORUM 2019。一般財団法人こゆ地域づくり推進機構の代表理事として地域づくりに携わり、起業家精神をもつ人材の育成にも力を入れる齋藤潤一氏をお招きし、地域づくりや共創における極意を教えていただきました。
一般財団法人こゆ地域づくり推進機構 代表理事 慶應義塾大学大学院 非常勤講師齋藤潤一氏1979年大阪府生まれ。シリコンバレーのITベンチャーでブランディング・マーケティング責任者となる。帰国後、2017年に宮崎県新富町のこゆ財団代表理事に就任。持続可能な地域づくりと人材育成を行う。

シリコンバレーでの経験、
東日本大震災を経て、新富町へ

宮崎県に行ったことがある人はどれくらいいますか? その中で、新富町を知っている人はいるでしょうか。新富町は宮崎空港から車で30分、シーガイアから20分の場所にある、人口17,000人の小さな町です。新富町のビジョンは「世界一チャレンジしやすい町」。起業家育成塾をいろいろな場所で行なっていて、実際にソーシャルビジネスがたくさん生まれています。

私は大阪出身です。関西大学をやめて渡米し、シリコンバレーの音楽配信系ベンチャーで5年間ほど働き、クリエイティブディレクターとして、アメリカやイギリス、南米などへのサービス展開に携わりました。アップルに売却してできた会社だったので、アップルの目の前にオフィスがあり、スティーブ・ジョブスを見かけることもある面白い環境でした。

帰国後は表参道でデザイン会社をやっていましたが、東日本大震災をきっかけに自分のスキルや経験を地域づくり、ソーシャルビジネスに役立てたいと考えるようになり、NPOを立ち上げて、慶應大学でソーシャルビジネスを教えながら、地域でお金を稼げる人を育てる活動をしていました。それが評価され、2017年4月に新富町で地域商社「こゆ財団」が誕生した際に代表に就任しました。

こゆ財団がやっているのは、1粒1000円の国産ライチをブランド化すること。つまり、地域づくりにビジネスの仕組みをもち込んだのです。その結果、新富町のふるさと納税寄付額はこゆ財団が設立されてから累計で35億円になりました。新富町とANAやユニリーバといった企業の共創プロジェクトも実施し、起業家や移住者がどんどん新富町に増えています。2018年12月には、こゆ財団の取り組みを地方創生優良事例に選んでいただき、首相官邸で事例発表をしました。また、2019年には日経新聞の一面全面に載るなど、人口17,000人の小さな町がソーシャルビジネスをやることで、注目していただけるようになりました。

共創ビジネスに必要な
アントレプレナーシップ(起業家精神)とは

共創するソーシャルビジネスで、一番大事なのはアントレプレナーシップ(起業家精神)をもつこと。スタンフォード大学をはじめとする世界のビジネススクールでも同じことを言っています。起業家にならなくてもいいのですが、アントレプレナーシップをもつことは非常に重要です。

アントレプレナーシップにおいて大切なことの一つは、自己開示です。自分は何者で、何に強くて、何に弱いのか。よいところも悪いところも、ありのままの姿を見せることです。みなさん自分の弱さを見せるのを嫌がりますよね。でも弱くてもいいんです。私は新富町で地域づくりをしていますが、調整が得意なメンバーは他にいますので、役割分担をすればいいのです。

大切なことのもう一つはミッションです。なぜそれをやるのかということが重要です。そして、もう一つは自分と仲間を大切にすること。みなさんは自分を大事にできていますか? 人の顔色を伺ったりしていませんか? そういうのはやめましょう。自分を大切にすると、仲間も大切にできるのです。

シリコンバレーで学んだ
チャレンジ精神を生かし、地域づくりに着手

シリコンバレーで学んだことは、チャレンジする先にチャンスがあるということです。僕がシリコンバレーにいた2000年~2005年頃、アップルの時価総額はほぼゼロでしたが、今では100兆円です。これは地域づくりにも言えるんじゃないでしょうか。新富町は人口17000人の過疎地域ですが、ビジネスの仕組みを入れることでチャンスを広げることができるのです。

シリコンバレーで働いた後、私は日本で何か新しいチャレンジがしたいと思い帰国しました。海外に行けば行くほど、日本はいい国だなと思います。北から南まで電気・水道・ガスが通っていて、お金がいつでもおろせる国は、世界中を探してもなかなかありません。みなさんにはそれだけ自由とチャンスがある。それを自覚するのは大切です。

ただ、私が帰ってきたとき、日本はシャッター通りや耕作放棄地が問題になっていました。そして、写真を見てもまったくどこなのかわからない、金太郎飴のようなまちづくりが行われていました。それではまちへの愛や誇りは生まれません。そんなときに東日本大震災がおきて、私は持続可能な地域をつくるために、地域にビジネスの仕組みを入れる取り組みをするようになりました。

笑顔とお金のバランスをとって、
スモールビジネスからはじめよう

地域には笑顔とお金の両方が必要で、そのバランスを取ることが大切です。いろいろな事業をやっていると、どちらかに傾いたりしますが、その時はバランスを整えましょう。ボランティアでは続かないのです。ちゃんとお金を稼げる持続可能な仕組みをつくること。これはソーシャルビジネスも普通のビジネスも変わりません。

もう一つビジネスをやる時に大事にしてほしいのは、小さくてもいいということ。ビジネスをはじめるというと、メルカリのように有名にならなければとか、何億円調達しなきゃと思ったりするみたいですが、小さくてもいいからあなた自身がやりたいビジネスをつくっていけばいいのです。「Small is Beautiful(小さいことは、美しい)」というのは、イギリスの経済学者が50年前に書いた本のタイトルですが、この本では50年前にすでに大量生産、大量消費時代は終わり、これからは自分らしく、小さなビジネスの集合体をつくっていきましょうと書いてあります。

お金の価値観を変えたクラウドファンディング

私はこれまでビジネスでたくさんの地域課題を解決してきました。そのきっかけは、5年ほど前にクラウドファンディングで伝統工芸品を世界にもっていくプロジェクトに携わったことです。今でこそクラウドファンディングは浸透していますが、5年前はクラウドファンディングってなに? という状態の中で資金を集め、補助金は一切使わず、日本の伝統工芸品をニューヨークのギフトショーにもっていきました。

このクラウドファンディングは私の人生のターニングポイントになりました。それまで、自分のスキルと経験は自分がお金を稼ぐために使うものだと思っていたんです。でも、クラウドファンディングで自分が世の中をよくするためのプロジェクトがやりたいというと、世界中212人から325万円が集まりました。
プロジェクトの後に報告会では、お金を出した人たちからありがとうと言われるんです。自分のスキルや経験を使って、世のため人のために活動すると、こんなふうに社会から感謝されるのかと、それまでの価値観がガラッと変わりました。そういうことがきっかけで、今は全国各地で地域づくり、人材育成、起業家育成をやっています。今では卒業生たちが活躍してくれて、19歳の子から70歳のおばあちゃんまでが地域でビジネスを起こしています。

スタンフォード大学dスクールに学ぶ、
共創ビジネスのカギ

共創するソーシャルビジネスをやる上で大切にしているのは1勝99敗の精神です。たくさん失敗しましょうということ。デザイン思考を学ぶスタンフォード大学dスクールでも同じような教えがあります。失敗学という講座もあるくらいです。早くたくさん失敗する方がいいのです。グーグルの創業者ラリー・ペイジは「アイデアに価値はない。思いついたら即行動」と言っています。グーグルには撤退した事業がたくさんあります。アマゾンもメルカリも、いっぱいチャレンジしていっぱい失敗しています。

スタンドフォード大学でイノベーションマスターシリーズの授業を受けたのですが、スタンフォードでは、「自分で考えろ」、「なぜやるのか」、「自分は何者なのか」ということを常に問われます。

私は運よく、世界的に有名なデザインコンサルティングファーム「IDE0」の創業者デイビット・ケリー教授の授業を受けることができましたが、その中で教えられたデザイン思考の極意は「Don’t Judge(判断するな)」です。私たちはつい、あの人はこういう人だとか、自分にはどうせ無理だとか思ってしまいますが、そういうジャッジをせずにまずはやってみる。それがこれからの予測不可能な時代には必要です。

もう一つ伝えたいことは、仲間と一緒にチャレンジしましょうということ。周りを巻き込む秘訣は、巻き込もうと思わないことです。巻き込んでやろうと思っている人に共感する人はいません。それよりもビジョン、ミッションを実現するために自ら行動することです。また、感度が似ている人と弱いつながりからスタートすることで、イノベーションは起こります。

とはいっても、どうしたら共創するよいパートナーと出会えるのか。これは偶然でしかないとスタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授は言っています。偶発的だからこそ、ただ待つだけでなく、計画的に自ら生み出すんです。そのために、好奇心、持続性、楽観性、柔軟性、冒険心をもって、ジャッジをせずに1勝99敗の精神でどんどんいけばいいのです。諦めない限り失敗はありません。

地方はブルーオーシャンです。なぜなら、9割の人が行動しないからです。行動する1割の人たちは、地域をフィールドに面白いチャレンジを続々と行っています。こゆ財団は新富町でチャレンジをする人たちを支援するため、町長や県庁とも連携しながらセイフティーネットをつくっています。

また、新富町では、「持続可能なまち2020」という長期的なプランを策定しています。SDGs((国連サミットで採択された、持続可能な開発のための2030年までの国際目標))にも、まちを動かして取り組んでいます。スーパーシティ構想、女性活躍社会、エネルギーの地産地消、自動走行、自動配送、多様で寛容な社会などもテーマに掲げています。

地域づくりはこれさえやれば成功という法則はないですが、一つずつ小さな失敗、小さな成功を積み重ねていくことが大事です。私たちはまだチャレンジの途中ですので、みなさんと一緒にチャレンジを重ねていきたいと思います。

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