育て達人第072回 松尾 秀雄

高校時代に挑んだ「資本論」   自分の頭で考え抜くことで成長を

経済学部 松尾 秀雄 教授(経済理論)

 資本主義経済を理論的・歴史的に分析したマルクスの「資本論」を解説した本や漫画が書店に目立ちます。厳しさを増す雇用情勢など、若者の閉塞感を反映した社会現象とも言われています。高校時代に「資本論」と出合い、マルクスを超える人間行動を分析する経済理論の研究と向き合ってきたという経済学部の松尾秀雄教授に聞きました。

――解説本から漫画まで「資本論」が若者たちに注目されている背景は何だと思いますか。

「情熱を持って自分のテーマを追いかけてほしい」と語る松尾教授

「情熱を持って自分のテーマを追いかけてほしい」と語る松尾教授

 マルクス経済学は失業の要素を社会構造全体の側面から分析し、解決しようというビジョンを示しました。ワーキングプアや派遣切りなど、失業への恐れが若者たちの不安と結びつき、資本論から何かヒントを得ようとしているのだと思います。私が担当している1年生が学ぶ基礎ゼミでも、そうした議論に熱くなる学生が増えています。

――池上彰さんの「高校生からわかる『資本論』」(集英社)では、池上さんも「大学生の時に『資本論』の読破に挑戦したが、あまりにも難解で挫折した」と告白しています。

 「資本論」は確かに難解です。私は早々と高校時代に読みましたが、大学生になっても理解しきれていませんでした。日本を代表するマルクス経済学者である宇野弘蔵の「経済原論」を学ぶゼミで、資本主義社会が商品、貨幣、資本の三つの流通形態によって作られているという面から資本論の読み方を学び、やっと理解できるようになりました。

――難解な分厚い本ではなくても漫画で理解しようというのも一つの方法でしょうか。

 そうです。水木しげるさんの本がいい例です。私も「ナニワ金融道」など漫画は読みます。まず漫画を読み、問題意識を深めることも大事です。マルクスの言葉は確かに難解ですが、高等数学を使った近代経済学が、数学そのものが高等すぎてわからないのと同じです。私も出版社から読みやすい本を出してほしいと厳しく言われるのですが、努力して書いたつもりでもどうしても難しいと言われます。その反省もあり、分かりやすい授業を心がけています。

――なぜ、高校時代に「資本論」を読もうとしたのですか。

 私の高校生時代はベトナム戦争が続き、学生運動が高まり、反戦フォークソングが歌われた時代でした。どうすれば人間が殺し合い、憎しみ合わない社会になるのかと考え、マルクス、レーニン、トロツキー、毛沢東を読み、「国家が消滅すれば理想社会になる」と思い込みました。搾取、戦争、不平等がない社会こそ理想社会であり、そのための戦争、革命のための暴力なら許されるはずだと熱く討論しました。非常に荒っぽい考え方です。

――著書「市場と共同体」(1999)では、高校時代に確信したほど資本主義社会は悪に満ち溢れた社会ではなかったと述べています。

 テレビの「龍馬伝」が盛り上がっていますが、薩長の倒幕論に対し、坂本龍馬が「憎しみからは憎しみしか生まれない」と言っていますね。私の描いた生き方の理想も、人間のコミュニケーションから悪意と暴力と復讐意識を排除しようというものであるということに気付いたのです。世の中は「資本主義」という概念だけでは簡単に総括しきれる社会ではなく、高校時代に思い込んだほど世の中は単純に悪い世界ではない。社会主義がなぜ崩壊したのか自分だけの頭脳で考え、分析してみようとまとめたのが「市場と共同体」です。

――名城大学の教員になられて27年。振り返っての感想をお聞かせ下さい。

 大学教員にとって、教育と研究は車の両輪ですが、教育は相手を見ながらやらなければなりません。学生の欲しているものやレベルに応じ、伝えたいものを伝えることですが、27年間では反省しなければならない教え方、考え方も随分あったように思います。学生たちに感じた歯がゆさの中からいい面を見つけていこうという繰り返しでした。29歳で赴任した短期大学部の商経科で教えていた頃の学生は少数ながらも男子学生もいて、女子学生も含めて、優秀な学生が目立ちました。卒論が義務づけられていてたくさんの論文を残して卒業していってくれました。今でも、経済学部の卒業生を中心に、親交が続いている松尾ゼミ生OBもたくさんいます。最近は中国の農村戸籍問題をテーマにした著書も出版準備中で、広く東アジアの市場経済の研究に取り組んでいます。

――学生たちへのメッセージをお願いします。

 学生の時に興味を持ったテーマ、発見したテーマを社会人になっても勉強し続ける姿勢を持ち続けてほしいと思います。頑張って勉強を続けていけば、やがては「達人」という評価も得られ、自分の生きがいにもなると思います。最近の学生たちに「もっと世界に目を向けたら」とアドバイスしても「就活で忙しくて」という言葉が返ってくることが多い。確かに、厳しい就職戦線ではありますが、「就職は就職。その前に、自分の頭で考え抜くことで自分を成長させなさい」と言っています。

松尾 秀雄(まつお・ひでお)

長崎市出身。東京大学経済学部卒、同大大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。名城大学短期大学部教授を経て2000年の商学部改組、経済学部発足に伴い現職。2003~04年、経済学科長。専門は経済理論。著書は「市場と共同体」「東アジア市場経済―多様性と可能性」「共同体の経済学」など多数。58歳。

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