育て達人第084回 松井 徹哉

学生は復興の底辺支える次代の技術者   「地震をもっと知ろう」で単位外講義

理工学部 松井 徹哉 特任教授(建築構造工学)

 理工学部で「大震災を教訓として地震についてもっと知ろう」という前期15回の講義が開かれています。東日本大震災の想像を絶した被害に、耐震工学の研究者として虚脱感に陥ったという松井徹哉特任教授が開講した講義です。元々が大学院生向けで学部生の単位にはなりませんが、90人近くが熱い講義に聴き入っています。

――地震対策の専門家として、今回の東日本大震災は衝撃だったのでは。

「宝物である授業を大切に」と語る松井特任教授

「宝物である授業を大切に」と語る松井特任教授

  無力感、虚脱感に打ちのめされました。巨大津波の濁流に家や建物が次々にのみ込まれていく映像をぼう然と見続けました。2、3日は何をする気力もなく、立ち上がれない状態でした。長い間、建築学、耐震工学の研究者の片割れとして続けてきた自分の研究とは何だったのだろうと。

―― 地震対策をテーマにした学内での公開講演会で「建物の耐震強化を図る以外に有効な対策はない」と指摘されていましたね。

  そうです。東海・東南海・南海地震は間違いなくやってくるわけですが、地震予知に万全を期すことができない現状では、有効な対策としては建物の耐震強化を図ることしかありません。地震によって建物がどのように揺れるかを科学的に検証し、効果的な建物の地震対策を考えなければなりません。しかし、今回のあの津波では、もう建物で抵抗するのは無理です。住宅を高台に集中させる立地計画とか知恵で対抗しないと。力では自然には勝てないことを思い知らされたわけですから。

―― 犠牲者、被害規模は1995年の阪神淡路大震災に規模をはるかに超えました。

  阪神淡路大震災の時は私も日本建築学会の担当者として現地調査しました。地震の震動の性質によって建物の被害のパターンも変わってきますが、阪神淡路大地震は建築の耐震という面では最悪のダメージとなりました。東日本大地震は震動が短い周期であったため、規模の割には建物の被害は少なかったですが津波にやられました。考えて見れば、地震対策で我々はずっと裏をかかれてきました。関東大震災はあったが、関西にはそんな大きな地震は来ないと思っていたのに阪神に来た。今度は加えて大津波、そして我々が初めて経験する原発被害。複合的で強烈なダメージとなりました。

―― 高度制震実験・解析研究センターの研究スタッフですね。

  東海・東南海・南海地震は今後30年間の発生率が87%とされています。本学の高度制震実験・解析研究センターは文科省の私立大学ハイテクリサーチセンター整備事業として、いつ起きてもおかしくない巨大地震への備えに不可欠な耐震関連のプロジェクト研究をしています。私は「浮屋根と液体の連成を考慮した大型液体貯槽の耐震設計法/補強法の開発」というテーマで、石油タンクの油面を覆う浮屋根の耐震対策を研究しています。2003年に十勝沖地震が起き、苫小牧市では石油タンクの火災や浮屋根が沈没するなどの大きな被害が出ました。今回の東日本大震災ではこの関係では被害はありませんでしたが、東海・東南海・南海地震ではわかりません。

――「大震災を教訓として地震についてもっと知ろう」という大学院生向けの科目に学部学生の参加を呼びかけた狙いを教えて下さい。

  虚脱感から抜け出し、何をすべきかを考えたとき、やはり教育だと思いました。義援金募金や救援ボランティア活動も大いに奨励されるべきですが、建築を志す学生たちが忘れてならない大事なことは、地震について正しい知識を身に着け、惨事が繰り返されることがないよう災害に強い住まいづくり、まちづくりに貢献することだと思います。壊滅状態の被災地の復興には、日本の沿岸域の町づくりを今後どのように展開していくべきなのかという根源的な問題に立ち戻る必要があります。それにはおそらく10年を超す年月と巨費が必要でしょう。「その復興を底辺から支えなければならないのが紛れもなく君たち次代を担う若手技術者なのです」と、学生たちに配る開講案内のメッセージを書き上げました。

―― 学生たちの反応はどうですか。

  本来は大学院生4、5人向けの授業で、学部学生の単位には認定されませんが、3、4年生を中心に95人が登録しています。それほど学生たちにとっても今回の大震災はショックだったからだと思います。建築の中でも私はハードの構造系ですが、登録者にはまちづくりを担う計画系の学生たちにもたくさん参加しています。私は来年3月で教壇を降ります。今回の講義は名古屋大学時代も含め、長かった私の教員生活の締めくくりになります。私の熱気に圧倒されているのか、学生たちはまだおとなしく聴いているだけですね。

―― 学生たちへのアドバイスをお願いします。

  4月8日の被災者救援緊急集会には私も参加しましたが、多くの学生たちが参加しており、とても頼もしく思いました。建築学は人間の生活と非常に密着した学問です。専門的な知識だけでなく、大きな視野からの見方が求められます。読書や社会の動きなどいろんな体験はもちろん大切です。さらに、私は、授業はいろんな情報が詰まった宝物だと思っています。教員たちは、若い世代に伝えたい思いを、それぞれの講義に詰め込んでいます。私もその時は何の役に立つのかわかりませんでしたが、後の研究でとても役に立ったという経験が何度もあります。宝物である授業はぜひ大事にして下さい。

講義する松井特任教授とを受講する学生たち(4月28日、11号館405号講義室で)

講義する松井特任教授とを受講する学生たち(4月28日、11号館405号講義室で)

松井 徹哉(まつい・てつや)

奈良県出身。京都大学工学部建築学科卒、同大大学院工学研究科修士課程修了。工学博士(京都大学)。名古屋大学教授を経て2003年、名城大学理工学部教授。2010年から特任教授。高度制震実験・解析研究センターサブリーダー。日本建築学会理事・東海支部長などを歴任。共著に「容器構造設計指針・同解説」など。71歳。

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