育て達人第101回 谷江 武士

22年前に書かれた「東京電力~原発にゆれる電力」   チェルノブイリ後の福島第二原発事故などで警鐘

経営学部 谷江 武士 教授(会計学)

 3.11で日本が体験した空前の原発事故である東京電力福島第一原発事故。巨額の賠償負担、電力供給コストに一定の利益を上乗せした総括原価方式、公的資金の注入と国の関与――。東京電力の経営のあり方を巡る論議が活発化しています。22年前、「東京電力~原発にゆれる電力」という本を書いた経営学部の谷江武士教授に聞きました。

――名城大学図書館2階の教員著作コーナーに、谷江先生が書かれた「東京電力~原発にゆれる電力」(1990年共著、大月書店)という本がありました。3.11以降のわが国にそのままあてはまりそうなタイトルです。

「学生時代は人生の支えとなる本を見つけること」と語る谷江教授

「学生時代は人生の支えとなる本を見つけること」と語る谷江教授

 私は企業の経営分析の研究を続けていましたが、最初に勤務した鹿児島県の短大時代に石油危機が起こりました。1973年のイラン・イラク戦争で石油価格が高騰し、物価の高騰も起きました。そのころは石油企業の経営分析を研究していましたが、次第に石油から原子力へと国のエネルギー政策が転換していきました。2番目の勤務校となった新潟県の短大時代には東京電力の柏崎原発1号機が営業運転を開始し、同県巻(まき)町にも原発建設計画が持ち上がっていました。新潟大学の先生方が中心となった原発問題を考える勉強会に加わり、東京電力の経営分析を担当していたこともあり、シンポジウムで原子力発電の経済性や電気料金との関連などを報告しました。名城大学に移った1986年にはチェルノブイリ原子力発電所事故が起き、原発の安全性についての不安が高まりこの本を書きました。

――チェルノブイリ事故後、学生の就職希望アンケートで、東京電力の人気が急落したことも紹介されていました。学生たちの困惑ぶりも3.11後と同じだったのでしょうね。

 そうだと思います。電力産業は日本の基幹産業として日本経済のうえでも大きなウエイトを占めていました。東京電力はわが国の9電力会社のトップ企業であり、電力産業全体を取りまとめるリーディング・カンパニーであるとともに、NTTが民営化されるまでは資本金が日本では最大の会社でした。給与も高水準で、就職を目指す学生たちにとっては人気企業でした。

――本の反響はどうでしたか。

 この本は研究書というより、一般の人に電力会社と原発について分かりやすく解説する狙いで書かれた本です。エネルギー生産の担い手である企業について書かれた本はまだ少なかったこともあり、爆発的に売れたというわけではありませんが、それなりに読んでいただけたと思っています。チェルノブイリ原発事故から3年後の1989年1月には東京電力福島第二原発3号機の事故が起きました。この事故は、心臓部とも言える再循環ポンプが破損し、大量の金属破片が炉心に流入するという前例のない事故でした。1年間、稼働を停止しましたが、東電から「定期検査で故障が見つかった」と公表されたのは1か月後でした。原発の安全性に対する企業の姿勢という面での警鐘の意味もあり触れました。

――「電力産業と東京電力の将来」という章を読むと、「通産省(現在の経産省)の官僚たちは電力会社を“巨大化しすぎた恐竜”と呼んでいる」と紹介したうえ、「環境に適応できなくて死滅した恐竜のように、電力会社が原発推進路線をとり続けたら自滅の恐れがある」と、公的管理、公社化を提起しています。

 誰が統治してコントロールするか。今まさに、東電の経営を巡る論議の焦点になっており、東電、経済界と政府で綱引きが行われています。電力会社としては民間で、自由競争でやりたい。国も公的管理にすると莫大な損害を負わなければならない。政府も痛しかゆしの面があります。ただ、電力の安定供給は重要です。一方では再生可能な自然エネルギー利用がどこまで可能かも見極める必要があります。22年前のこの著書では、その点も含めて、地域独占経営の電力会社の経営や電気料金のあり方など、総合的な視点で「原発と電力」の問題について考えるきっかけにしてほしいと思いました。

――学生たちはこの本を読んだのでしょうか。

 私も本を出したことはあまり言わなかったこともありますが、学内での反響はあまりありませんでした。それでも研究室に、どんな内容の本か聞きに来る学生もいて、そういう学生には余っていた本をあげたこともあります。

――学生たちへのアドバイスをお願いします。

 授業では分かりやすい事例を紹介しながら興味を持って企業の経営研究に入り込んでいけるよう工夫をしているつもりです。興味がわかなければ授業は面白くありません。そのためにも、これだと思う本を探して読んでほしいですね。私は学生時代、藻利(もうり)重隆という一橋大学の先生が書かれた「経営学の基礎」という本を何回も読みました。ドラッカーも読みました。本を読み、いろんなことに果敢に挑戦してほしいと思います。

谷江 武士(たにえ・たけし)

香川県出身。法政大学社会学部卒、同大大学院社会科学研究科修士課程修了、駒沢大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(商学)。1986年名城大学短期大学部助教授。同教授を経て現職。著書に「事例でわかる連結経営分析」(中央経済社)、「東京電力」(共著、大月書店)、「電力」(同)など。66歳。

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