育て達人第114回 柴田 満穂
避難所での授乳支えた固形ミルク 開発論文に母校が博士学位を授与
薬学部卒業生 柴田 満穂さん(株式会社明治)
名城大学は3月22日、薬学部卒業生で株式会社明治の技術開発研究所に勤務する柴田満穂さん(54)に博士(薬学)の学位(論文博士)を授与しました。論文題目は「固形化粉ミルクの開発と物理化学的特性に関する研究」。柴田さんが開発した固形粉ミルクは、計量スプーン不要の使いやすさなどで、東日本大震災では母親たちの避難所生活を支えました。
――東日本大震災被災地の避難所では、乳幼児を抱えた若い母親たちに、固形粉ミルクがとても重宝がられたと聞いています。
「実験に打ち込む恩師の後ろ姿を見て研究者の道を選ぼうと思った」と語る柴田さん
パウダーを使ってミルクを作るとなると、計量スプーンが必要です。粉がこぼれる、使用後には洗わなければならないなどの煩わしさがあります。震災のストレスや栄養不足などで母乳が十分に出ないお母様方が多く、特に活動が制限される避難所では、哺乳瓶を使った授乳も母親たちにとっては大変な作業でした。弊社(明治)では、被災地への支援物資として、2007年から弊社だけが製造販売している固形タイプの粉ミルクを提供しました。反響は予想以上で、「使いやすく、不慣れな夫にも安心して頼めた」「この製品のおかげで避難所で無事に赤ちゃんを育てることができた」など、感謝の手紙が次々に舞い込みました。開発に携わったスタッフの一員として感動しました。
――特許庁の特許公報(特許第4062357号、2008年3月19日)には、発明の名称が「固形乳、及びその製造方法」、発明者の筆頭に柴田さんの名前がありました。
大学を卒業して就職した製薬会社では、どうすれば顆粒を固めた時にきれいな錠剤ができるかといった研究をしていました。明治(当時は明治乳業)に移ってからは、医薬品ではなく食品開発の仕事になりましたが、製薬会社時代の経験を生かして、固形タイプの粉ミルクが作れないか、ひそかに研究を続けていました。ライバル社が顆粒タイプを売り出し、一時シェアを奪われたこともあり、業界初の固形タイプで巻き返したい思いはありました。開発に成功し、2004年に特許を出願、2007年から製造販売を始めました。
――開発した商品が世に出てから、博士論文にまとめようとしたのはどうしてですか。
固形タイプの粉ミルクは、大震災以降、災害時用非常食とし採用する自治体も増えています。脂肪、炭水化物、たんぱく質の3大栄養素やビタミン、ミネラルがバランスよくそろっており、乾パンに代わる非常食として備蓄しておきたいという判断だと思います。固形タイプは顆粒タイプに比べれば割高ですが、今後、海外市場での広がりも期待される商品です。そのためには固形化のメカニズムを論理的に解明する必要がありました。名城大学時代の恩師は、合成化学が専門で、現在は名誉教授の岡田邦輔先生でしたが、固形化についての博士論文は製剤学研究室の檀上和美教授に指導していただきました。
――檀上先生の指導は厳しかったですか。
実は製薬会社勤務時代から檀上先生の研究室におじゃまし、相談に乗っていただいていました。製薬会社に就職している名城の卒業生もたくさんいますが、檀上先生は中立的な立場を貫きながらも、間違っていることははっきり指摘してくださいました。粉ミルクの固形化については、2010年からは正式に株式会社明治と名城大学とで共同研究契約を締結し、檀上先生に指導していただきました。学位の必要性については、「特に海外では博士の肩書きがないと相手にされないから」と心配して下さり、厳しさの中にも愛情を持って指導していただきました。勤務の関係で私が足を運べるのは土曜日が中心でしたが、檀上先生は、すでに何人かの社会人に博士論文の指導をしておられたこともあり、淡々と指導して下さいました。
――ハードルが高いと言われる博士論文を母校で完成できた感想をお聞かせください。
セメントやトナーといった無機物の粉の加工についての研究者は工学部系に結構いますが、有機物の粉を扱う分野は製薬系に限られ、檀上先生の研究分野は大変貴重でした。学生の皆さんには実験を手伝っていただきました。名城大学という母校に本当に感謝しています。実験に比べて、論文作成は比較的のんびりしたペースでしたが、3月いっぱいでの檀上先生の定年退職が迫ってきて、「早くしなさい」と尻をたたかれました。
――先輩として学生たちへのメッセージをお願いします。
恩師だった岡田先生には厳しく鍛えていただきました。夜中でもずっと実験を続ける姿に引き込まれるように、自分も実験に没頭し、人生観が変わりました。入学したときは薬剤師免許を取得し病院に就職したいと考えていましたが、薬剤師として病院に進まなかったのは岡田先生の後ろ姿があったからだと思います。また、製薬会社に就職する学生も結構いました。今は臨床志向で、多くの皆さんが病院や調剤薬局に就職します。もちろん薬剤師国家試験に受かるために入学し、そのために6年勉強するわけですが、一度、研究に打ち込んで、そこでもう一度進むべき方向を考えて見るのも無駄にはならないと思います。
学位授与式を終えた柴田さんと檀上教授(後ろは中根敏晴学長と小嶋仲夫薬学部長)
柴田 満穂(しばた・みつほ)
石川県金沢市出身。1982年名城大学薬学部製薬学科卒。富山県の製薬会社を経て1997年から明治乳業勤務。2011年に明治乳業と明治製菓が合併し株式会社明治となり、現職は研究本部(神奈川県小田原市)の技術開発研究所生産技術研究部プロセス開発グループ長。固形タイプの粉ミルクの開発(発明)で特許登録。名城大学薬学部製剤学研究室研究員。