育て達人第104回 深川 英俊

和算を解く庶民の楽しさが込められた算額   分からなければ食らいつくたくましさを

理工学部 深川 英俊 非常勤講師(数学基礎演習)

 理工学部で「数学基礎演習」を担当する非常勤講師の深川英俊さんは元高校教員。教員時代から、和算の問題や解答を記した絵馬の一種「算額」の研究に取り組み、世界に紹介してきました。「ミスターサンガク」とも呼ばれる深川さんから、江戸時代に花開いた日本の高度な庶民文化について教えてもらおうと来日する研究者たちも相次いでいます。

――理工学部の1年生向けの科目「数学基礎演習」をのぞかせていただきました。熱い講義に学生たちも懸命で、緊張感があふれる授業でした。

「学生たちが目を輝かせて学ぶ授業が楽しい」と語る深川さん

「学生たちが目を輝かせて学ぶ授業が楽しい」と語る深川さん

 私は高校教員を“卒業”してすぐに名城大学に声をかけていただきました。高校での教員経験を生かして、数学の基礎をしっかり指導してほしいと頼まれ、教壇に立って9年目。週3回、計5コマある「数学基礎演習」を担当しています。この科目を受講している学生たちは、工業高校から推薦入試で入学してきた学生や留学生、数Ⅲまでは学んでこなかった学生たちです。数学科を除く理工学部1年生向けの選択科目ですが、どの専門を学ぶにせよ、数学の力は不可欠だということを自覚しているせいか、学生たちはとにかく一生懸命です。欠席者も少なく、講義が楽しくなります。

――和算を世界に紹介したきっかけを教えてください。

 高校教員になって間もなく、同僚に一冊の江戸時代の数学(和算)の本を見せてもらったのがこの世界に興味を持ったきっかけです。趣味の世界を楽しもうという気持ちでした。全国の寺や神社に奉納された算額を見て回ったりして調べていくうちに、鎖国で閉ざされていた日本で、幾何学分野など魅力的な数学が育っていることを知りました。すっかりオタクになっていったわけです。しかし、日本では和算も算額も道楽の世界と見られていて評価は低かった。それで、アメリカやドイツなどの著名な数学者の何人かに手紙を書きました。「文政5(1822)年に神奈川県の神社に奉納された算額に書かれていた日本の数学の問題は、ノーベル化学賞のフレディック・ソディー(イギリス)が1936年に発表した『6球連鎖の定理』と同じものです。日本の数学に興味はありませんか」と。

――反響があったわけですか。

 ありました。アメリカのミネソタ大学のダン・ペドー名誉教授から「面白そうだ。2人で研究しましょう」と返事が届きました。200通もの手紙のやりとりを続ける中で、ペドーさんと共著で1989年に「日本の幾何・算額」をカナダで出版。この本がきっかけで、各国の数学者が和算に注目してくれるようになりました。日本語版「日本の幾何 何題解けますか?」(森北出版)も書きましたが、海外の研究者たちによって和算はどんどん世界に広まっていきました。

――今年は特に算額を見に来日する研究者たちが相次いでいると聞きました。

 2月のスイスに続いて4月にはデンマークの数学者が代表を務めるグループが来日し、岐阜県大垣市の明星輪寺(みょうじょうりんじ)の算額を案内しました。大垣藩内に開設されていた塾の生徒たちが奉納したと言われ、扇形の内側に内接する大小5つの円の直径を求める問題や、三角形に内接する複数の円の半径を求める問題など12問とその解答が記されています。出題者の中には子どもや女性もいるのはめずらしいケースです。質問のレベルも高く、見学したグループメンバーたちは驚いていました。数学と芸術性のある絵との組み合わせにも興味をそそられたようでした。7月にはアメリカ、9月にはニュージーランドからも来日が予定されています。

――鎖国時代に育まれた和算は明治維新によって日本の表舞台から消えました。今の学生たちは、和算や算額とどのように向き合うべきなのでしょうか。

 日本人の数学力が西洋に追いつく原動力となったのはやはり、和算のレベルが非常に高かったからだと思います。難しい和算の問題を解くことができた自慢とお礼を込めて、奉納されたのが算額なのです。江戸っ子の庶民の知的な楽しみでもありました。学生の皆さんは日本の豊かな文化として興味を持っていただければいいと思います。今の数学はどんどん発展するばかりですが、横に広がる枝葉として和算の存在を心にとめておいてほしいですね。和算は日本の伝統、文化として、最近は小中学校の教科書にも登場しています。

――学生たちへのメッセージをお願いします。

 名城大学で、目を輝かせて学ぶ学生たちの授業態度は高校の教員時代には体験できませんでした。特に外国人留学生の皆さんの食らいつきぶりは頼もしい限りです。社会に出たら、どこの大学を出たかは関係なく、自分の仕事、ポジション、生き方をどう定めていくか、その気概が問われます。世界を舞台に立ち向かう場合もあるわけですから、何ごとにも食らいついていくたくましさを身につけてほしいと思います。

深川 英俊(ふかがわ・ひでとし)

福岡県出身。山口大学文理学部(現在は理学部)卒。愛知県立高校教員となり、春日井高校を定年退職した2004年から名城大学理工学部非常勤講師。教員時代から江戸時代に発達した「算額」を研究し世界に紹介。2008年には物理学者で米国プリンストン高等研究所のフリーマン・ダイソン名誉教授の支援でプリンストン大学から「Sacred Mathematics(聖なる数学)」を出版。1990年にブルガリア科学アカデミーから博士号(理学・数学)を授与される。68歳。

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