育て達人第141回 梁川 津吉

SSH、SGHの取り組みを統括 高大連携で「本物」に触れさせる

名城大学附属高校教育開発部長 梁川 津吉 教諭(数学担当)

附属高校は6月22日、カーボンナノチューブ(筒状炭素分子)の発見者としてノーベル賞の期待がかかる飯島澄男大学院理工学研究科終身教授を招いて高大連携講座を開きました。教育開発部長として企画、運営を担い、生徒たちに「本物」に触れるチャンスを提供しました。

飯島終身教授の講演の収穫は。

本校では、高大連携講座として、著名な研究者を招聘し講演会を前期、後期と年2回企画しています。岩崎政次学校長も常々言っていますが、理系・文系にかかわらず、本物に触れる機会は大切です。そのオーラを感じ取ったとき、生徒の人生が変わるかもしれません。それが、1人でも2人でも構わない。われわれは、生徒にそのような場を提供する義務があります。学校長からは「身近に、飯島先生という素晴らしい研究者がいるからすぐに企画せよ」でした。講演後の質疑応答に車座になって参加した生徒の生き生きとしたやり取りを見て、これは間違っていなかったなと一人悦に入っていました。

ご自身が本物に出会った感動はありますか。

教育開発部の部屋で話す梁川部長

教育開発部の部屋で話す梁川部長

筑波大学在学中、1965年にノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎先生の生講演を聞きました。話の内容は全く忘れましたが、震えを感じた記憶があります。とても優しい雰囲気の中にも凛とした話しぶりとオーラはすごいものでした。

今後の展開は。

後期は、グローバル系の研究者を招くことを考えています。これからの社会を生き抜いていくためには、グローバルな視点は不可欠です。生徒に力強いエールを送っていただける講師を探しているところです。著名な方ばかりでなく、優れた実践者からの話も魅力的です。文部科学省からスーパーサイエンスハイスクール(SSH)とスーパーグローバルハイスクール(SGH)のダブル指定を受けている本校の強みを生かした講座を今後も企画していきます。

教育開発部長という見慣れない肩書ですが。

初代は岩崎学校長、2代目は伊藤憲人教頭です。SSH、SGHの取り組みを統括する役割です。SSHは2006年度からⅠ期(5年)、2011年度からⅡ期(5年)、2016年度からはⅢ期の指定を受け、11年目です。SGHは2014年度に指定を受け、2016年度で3年目です。国際クラスのこれまでの取り組みを総括し、さらにブラッシュアップさせたことが評価されました。また、教育開発部は教員の資質向上にかかわる研修制度を整える仕事もあります。4月に就いたばかりで緊張感があり、毎日がドキドキの連続です。

名城大学附属であることのメリットは。

附属高校版グローバルパスポート

附属高校版グローバルパスポート

SGHでは、副学長で国際化推進センター長の福島茂先生や外国語学部長のアーナンダ・クマーラ先生の指導が大きかった。経営学部教授の田中武憲先生や経済学部教授の渋井康弘先生を通して愛知県のものづくり企業とつながることができたことも大きな進展です。高校だけの力では無理でした。名城大学で2016年度から始めた「グローバルパスポート」も、附属高校版を一足早く2015年度から使っています。

附属高校のいいところ、足りないところは何ですか。

特別進学クラス(国公立大学を目指す)、国際クラス(SGH主対象)、スーパーサイエンスクラス(SSH主対象)、一般進学クラス(いわゆる一般普通科)、総合学科(将来のキャリアを考える)があり、多様な価値観を持つ生徒が一つの学校の中に集まっています。学校行事や部活動を通じて交わっていくことは、とても刺激的です。面白くない訳がない。これから受験を考えている中学生に言いたいのは、自分に合った学科・コースがアラカルトで選び放題ということです。 一方で、良く言えば、おとなしくて良い子の集まり。悪く言えば、失敗を恐れてチャレンジしない。本校は「多様な経験」をつくり出す「挑戦する学校」を目指しています。失敗を積み重ねながら成長し「突破力」を身につけてほしいと思っています。

自身の教育観と指導の信条を教えてください。

教師になりたてのころ、当時は男子校であり、とにかくグイグイ生徒を引っ張っていくことがいい教師だと思っていました。俺の言う通りついて来い、タイプだったような気がします。熱血教師がはやっていた時代でした。生徒や保護者もそれを期待しているところがありました。転機になったのは、名城大学教職研究会(サークル)の大学祭企画で、宮城教育大学学長を務めた林竹二先生の授業フィルムを見たときです。確か、1920年にインドで発見されたとされる2人の野生児の少女、アマラとカマラの絵を教材として提示し、人間とは何かを考えさせるテーマの授業でした。そのつながりで、作家、灰谷健次郎さんの本を読み漁りました。「兎の眼」「太陽の子」など。泣きながら読んだ記憶があります。子どもたちが持っているポテンシャルをどう引き出すかが大切で、評価し選別することが教師の仕事ではない。そう考え直しました。子ども一人一人の存在を認めることから教育の一歩が始まる。後は、その生徒とともに戦っていく。教師はトレーナーではなくファシリテーターです。実際に私が実践できているかは疑問ですが…。

座右の銘、愛読書、趣味などは。

座右の銘は特にありません。敢えて言えば「人生プラマイゼロ。良いこともあれば悪いこともあるさ」。初期の五木寛之さんの小説が好きで、「青春の門」以外は大体読みました。野球、サッカーが好きで、子どもが小さいころ所属していたクラブチームの「お父さんチーム」でサッカーを楽しんでいましたが、体が悲鳴を上げたため今では観戦のみです。

飯島終身教授(奥右)と生徒との質疑応答を見守る梁川部長

飯島終身教授(奥右)と生徒との質疑応答を見守る梁川部長

梁川 津吉(やながわ・つよし)

東京都大田区で生まれ、愛知県尾張旭市で高校時代まで過ごす。1981年、筑波大学第一学群自然学類卒。愛知教育大学大学院教育学研究科修士課程数学教育専攻。1983年、名城大学附属高等学校へ。英進クラス(特別進学クラスの前身)、特別進学クラスの担任を経て、進路指導部長、普通科長を歴任し、2016年4月から現職。

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