赤﨑勇名城大学特別栄誉教授 2014年ノーベル物理学賞受賞

ノーベルウィーク随行リポート

理工学部准教授 岩谷素顕

はじめに

  • Barbara Cannonスウェーデン王立科学アカデミー会長の歓迎の挨拶

毎年、12月6日から1週間は『ノーベルウィーク』と呼ばれ、スウェーデン・ストックホルムの各地で、などさまざまな祝賀行事が行われます。皆様ご存知のように、2014年度ノーベル物理学賞に赤﨑勇名城大学終身教授、天野浩名古屋大学教授(元名城大学教授)、中村修二カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授の3先生が受賞され祝賀行事にご出席されました。筆者は、恩師である赤﨑勇先生と天野浩先生に同行する機会を得ましたので、最も重要な行事であるノーベル賞受賞記念講演(Nobel Lectures)およびノーベル賞授賞式 (Award Ceremony)・晩さん会 (Nobel Banquet)の様子を報告させて頂きたいと思います。

Nobel Lecture(受賞者記念講演会)

  • 座長を担当されたPer Delsing物理学選考委員長

12月8日(月)午前9時(現地時間)からストックホルム大学マグナ講堂にて物理学賞・化学賞・経済学賞の3賞のNobel Lecturesが行われました。Lectureは慣例で物理学賞、化学賞、経済学賞の順番で行われました。講演に先立ち9時のBarbara Cannonスウェーデン王立科学アカデミー会長の歓迎の挨拶に引き続きPer Delsing物理学選考委員長が座長を担当され、ほぼ定刻の9時10分から赤﨑先生の講演が始まりました。

「青色光に魅せられて」の演題で講演した赤﨑先生

  • スライドで天野先生ら研究仲間を紹介する赤﨑先生

赤﨑先生は『Fascinated journeys into blue light』(青色光に魅せられて)というタイトルで、先生が行われてきた40年以上にわたるGaN系材料の研究に関して講演されました。

講演では、まず『私の名前は赤﨑と言います。赤は英語で"RED"を意味しますが、本日は青色発光についてお話しします』と軽いジョークで、緊張感が張りつめていた会場を和ませました。そして、青色発光デバイスを実現するために必要な要件を説明した上で、その候補として先生がなぜGaNを選択されたかを説明されました。

研究当初はHVPE法によるMIS型LEDを作製され、1978年には当時としては世界最高出力を誇る青色LEDを実現しましたが、p-n接合型ではないMIS型であるため、このままでは大幅な高効率化は難しいと判断されたこと、すなわち、このLEDをきっかけに、赤崎先生は再び結晶成長という研究の原点に立ち戻ることを決意されたということを当時の実験データを基にご説明になりました。

その後、低温バッファ層の開発や、p型・n型GaNの電気伝導の制御、さらにはp-n接合LEDの実現、GaN系レーザの実現などに関して説明されました。特に、HVPE法で作製したGaNの中に僅かに存在した高品質結晶を見て、GaNという材料の持つポテンシャルを見抜いたという洞察力は我々も見習わないといけないと痛感しました。また、『低温バッファ層を介して作製した高品質GaNを見たときの感激は今も忘れられない記憶』であること、さらにはp-n接合LEDをはじめて見た時の『眼に沁みるような青色発光は私の研究人生の中でも最も思い出深い出来事の一つでした』と述べられたのは印象的でした。

また、天野先生や小出康夫先生(現:物質材料研究機構)などこの研究に携わられた研究室の学生・共同研究者の写真を提示され、実際にどのような流れで研究が発展したのかが良く分かる内容であったかと思います。

「低温バッファ層とp型窒化ガリウムの実現」の演題で講演した天野先生

  • ご自分の経験を一般の人に分かりやすく講演された天野先生

次に9時45分から天野先生が『Growth of GaN on sapphire by low temperature deposited buffer layer and realization of p-type GaN by Mg-doping followed by LEEBI treatment』(低温バッファ層とp型窒化ガリウムの実現)というタイトルで講演されました。天野先生は、赤﨑先生のもとで、GaN系半導体の研究に関して主に大学院生時代の研究内容の詳細をご講演されました。

学部4年生の卒業研究のテーマを選ぶ時に、『青色LEDを実現できたら、テレビのモニターが小さくなり、世界を変えることができると思っていました。そのときは、このテーマの研究がどれほど難しいのか分からなかった、むしろ自分なら簡単にできると思っていた』と述べられました。

その後、1500回以上の実験を通して低温バッファ層技術による高品質GaNの作製した時の状況を説明され、初めてそれに成功した時の心境として『サンプルを取り出してみると、完全に平らで完全に透明だったので、材料のガスを流し忘れて何もできていないのかと錯覚しました。しかし、顕微鏡で見ると、結晶の特徴が見えたので、これはきれいな結晶ができたと確信しました』と当時の印象を語られたのが大変印象的でした。

さらに、1988年ごろの応用物理学会で座長を含めて会場には4名しかいなかったことをご紹介になり、p型伝導の実現の重要性を改めて感じ、どのようなアプローチでp型伝導を実現されたかまでを詳細に説明をされました。さらに中村先生を始めとした多数の他の研究機関の状況に関してもレビューされ青色LEDの開発にあたった多くの研究者の努力が良く分かる内容であったかと思います。また、この研究に天野先生が携わったのは20代であったことを述べられ、若い人たちにより挑戦的なテーマに携わって行って欲しいことを述べられ最後に謝辞を述べられました。

「青色LED発明の背景」の演題で講演した中村先生

  • 身振り手振りをしながら躍動的に話された中村先生

そして、最後に10時20分から中村先生が『Background story of the invention of efficient blue InGaN light emitting diode』(青色LED発明の背景)というタイトルで講演されました。研究を始めた当時の状況について、『9割以上の研究者がもう1つの青色LED用材料であるZnSeを選ぶなかで、最終的に青色LEDの開発につながったGaNを選ぶ人はほとんどいませんでした。応用物理学会で窒化物半導体のセッションに参加してみると、座長が赤崎先生、発表したのは天野先生、そして、聴きに来たのは私だけ、という状況でした』と語り、当時の研究の状況をご説明になった後で、何故GaNを選んだのかをまずお話しになりました。

また、高性能LEDを実現するためには転位密度が103cm-2以下であることが必須であるというのが当時の常識であったが、中村先生は論文をたくさん書いて博士号を取りたくて青色LEDの研究を始めた。作れるとは思っていなかったといつもの中村節でユーモアたっぷりに話した。

また、研究開始時には既に赤﨑先生・天野先生が高品質結晶やp-n接合を実現されていたことから、それに追いつくため結晶成長装置の改造に日夜明け暮れ最終的に高性能青色LEDを実現した経緯を詳細にご説明された。そして、109cm-2程度欠陥が存在するGaNでも高性能な青色LEDが実現できたことを説明された。そして講演の最後には古巣の日亜化学工業に謝意を述べるなど青色LEDの開発の経緯を詳細に説明された。

スタンディングオベーションの惜しみない拍手

1194名収容(ストックホルム大学のホームページ参照)のストックホルム大学マグナ講堂は学生、研究者さらには一般の方が多数集まり、多くの立ち見が出ていました。筆者は開門前に会場で準備をしていた関係で、会場が数分で満席になる様子は圧巻で、改めてスウェーデンの皆さんの関心の高さを認識しました。そして、3先生のGaN系窒化物半導体高性能青色LEDの開発の経緯についての講演に熱心に聞き入っていました。講演が終わると、Per Delsing物理学選考委員長の誘導で3先生が再度壇上に上がり、講演を聴講した1200名を超える参加者全員立ち上がり、正しくスタンディングオベーションの惜しみない拍手を浴びておられました。

講演終了後、3先生は日本大使館主催の共同記者会見に出られ、お互いの講演を称賛され合っておられました。

講演終了後、3先生に対して満席の会場から拍手の嵐を浴びられました

ホテルで開催された日本大使館主催の共同記者会見の様子。50名以上の日本のメディアが参加されていました

1194名収容のストックホルム大学のマグマ講堂は多くの立ち見が出る盛況でした

笑顔で記者からの求めに応える3先生

Award Ceremony(授賞式)の華やぎ

  • Award ceremonyとNobel Banquetの招待状(筆者宛)

12月10日(水)午後4時30分(現地時間)から、スウェーデン・ストックホルムのコンサートホールにおいて、Award Ceremonyが執り行われました。当日の午前中は雨風強くどうなることかと思っていましたが、我々が現地入りするころには小雨になっており多少足元が悪い程度でこの晴れの舞台を迎えることになりました。

Award Ceremonyには、スウェーデン王室関係者、受賞者およびそのご家族、受賞者の招待客、ノーベル財団の招待客などが入室できます。入場には招待状とパスポートの提示が求められ、非常に厳粛な管理体制での運営が行われていました。3日前に下見で訪れた時には、コンサートホール前の広場には多数の路面店が出ていましたが、Award Ceremony当日の広場にはそれらは全くなくなっており、素晴らしい準備が行われていることが伺い知れました。

3日前のコンサートホール

Award Ceremony当日のコンサートホールの様子

  • Award Ceremony直前に赤﨑・天野両先生の師弟でのツーショット(新聞社代表撮影)

Award Ceremonyではスウェーデン王室国王歌の演奏後、モーツアルトの行進曲がオーケストラの荘厳な演奏により流れ、1570人が見守る中、受賞者は赤﨑先生を先頭に3先生は文化勲章を胸に下げ、他の受賞者と共に中央にNのマークがあしらわれた青絨毯の舞台に入場しました。ノーベル財団のCarl-Henrik Heldin理事長の挨拶の後、ノーベル各賞の選考委員から、各賞の受賞者とその業績・功績の紹介がありました。

ノーベル物理学賞の説明では、選考にあたった王立科学アカデミー・ノーベル委員会のAnne L'Huillier物理学賞選考委員から物理学賞の授賞理由が説明され『アルフレッド・ノーベルは人類のために最も貢献した人たちに物理学賞を贈るよう遺書に記した。青色LEDの発明は、人類の恩恵を重視したノーベルの遺志を十二分に満たしている』と紹介されました。

その後、3先生は舞台中央に進み一人ずつスウェーデン国カール16世グスタフ国王からメダルと賞状が授与されました。メダルと賞状を受け取った後、赤﨑・天野・中村の3先生がそれぞれ観客に向かってお辞儀をすると、スタンディングオベーションの観衆からは割れんばかりの祝福の拍手が起こりました。筆者としては恩師である赤﨑先生や天野先生が少し緊張していた顔に拍手を受け満面の笑みをこぼれた時に大変な喜びを感じました。授賞式会場の壇上には、群青色の絨毯の中央奥に配したノーベルの像を中心に、平和賞を除いた各賞の受賞者、スウェーデン国カール16世グスタフ国王陛下とロイヤルファミリーの方々、王立科学アカデミーやノーベル財団などの関係者が弧を描くように並ばれました。受賞者を讃える夥しい数の花と管弦楽団の演奏が式典の華やかさを一層引き立て、燕尾服やイブニングドレスさらには日本から参加されたご婦人方の華やかな和服などで正装した1570人の列席者から惜しみない拍手が贈られていました。また、セレモニーの合間にオペラが供され会場はさらなる華やいでいました。

青の広間でのNobel Banquet(晩さん会)

  • Nobel Banquetの行われたCity Hall
  • バンケット会場の様子

授賞式を終えて、同日午後7時(現地時間)からはシティーホール・青の広間でスウェーデン国王はじめ約1200名が参加するNobel Banquetが開催されました。晩餐会はロイヤルファミリーと受賞者がファンファーレをバックに黄金の間から青の広間に入場されました。赤﨑先生は、体調面の配慮から階段での入場は遠慮され別ルートで入場されました。また、ノーベル財団の配慮から赤﨑先生には特別メニューが準備されていました。

Nobel Banquetはシャンパンによる国王に対する乾杯とアルフレッド・ノーベルに対する乾杯を行った後にはじまりました。

  • カリフラワーのクリームスープ(Cream of cauliflower soup) モザイク状のタラバガニ、エンドウレモン漬け、さらにはカリフラワー小花がちりばめられていました
  • レッドビールソースを使ったシカの腰肉ステーキ(Spiced Loin of red bier)
  • 付け合わせとしてニンジンテリーヌ、塩で焼いたゴールデンビーツ、スモークピール玉ねぎ、ポテトピューレが供されていました。
  • ゴットランド(スウェーデン)のキイチゴのムースとシャーベット、サフランパンナコッタとバタースポンジケーキ
  • コーヒー

というメニューで今年のNobel Banquetは行われました。料理はどれも洗練された内容になっており、非常に素晴らしいバンケットだったと思います。現地の人に聞いたところ、Nobel Banquetのメニューは毎年変更になっており、またCity Hallのレストランで食べられるということなので、もしストックホルムに行かれる方は是非お試し頂ければと思います(要予約)。

食事の合間には、3回のバレーダンス(それぞれ6分、6分、3分)が娯楽として行われ、華麗な踊りと音楽を楽しむことができました。

午後10時20分ごろから、各賞の受賞者からのスピーチが行われました。Nobel Banquetは約4時間に及ぶため、赤﨑先生は体調を考慮し9時過ぎに途中退席されましたので、3先生を代表して中村先生がスピーチされました。約3分のスピーチで『青色LEDの夢が実現し、人類の利益に貢献できたことを誇りに思う』と述べられました。最後に、ロイヤルファミリー、受賞者などが音楽に併せて退室され11時ごろに夢の宴は閉じられました。

宴のあとはダンスホールへ移動してダンスを楽しんだり、よりリラックスした雰囲気のなかで会話を楽しんだりし、現地の大学生に聞いたところでは翌朝5時ごろまで華麗なパーティーは文字通り夜が明けるまで続くことになるようです。

メインとして供されたシカの腰肉のステーキ

スープ

デザート

Nobel Banquetのタイムテーブル

その他

  • 3先生がサインしたイス

ノーベルウィークでは、上記に取り上げた以外にも多数のイベントが開催されました。スウェーデン国王主催の晩さん会(受賞者と配偶者のみが参加)、ノーベル財団主催のレセプション、ノーベルコンサート、日本大使館や文部科学省主催のレセプションなどが公式行事として組まれています。それ以外にもプレスコンファレンスやノーベル博物館への訪問など受賞者は正しく分刻みのスケジュールが組まれていました。そちらの雰囲気も少しだけ触れたいと思います。まず、ノーベル博物館のカフェのいすに受賞者恒例のサインは、玄関ホールに設けられた特設インタビュー会場で行われました。数十名の記者の前でイスの裏面にサインをされていました。傍にいる我々でもまぶしく感じるほど、多数のフラッシュの中3先生は素晴らしいサインをされていました。

ノーベル博物館への寄贈

ノーベル博物館からの依頼にこたえ、3先生は以下のような展示物を寄贈されました。

赤﨑先生
  • 赤﨑先生がノーベル博物館に寄贈した展示物
  • 1978年に赤﨑先生が作製されたMIS型LED(通電時)。写真では分かりにくいですが青く発光しています。
  • 赤﨑先生が寄贈された低温バッファ層を用いて(右側)、低温バッファ層を用いずに(左側)サファイア上に作製したGaNウェハ
  • 赤﨑先生が寄贈されたp-n接合GaN系青色LEDウェハ

(1)1978年に作られたMIS型青色LED
赤﨑先生が1978年に実現したMIS型青色LEDの現物です。現在も電流を流すと青色に発光します。当時の世界最高出力を誇る青色LEDでしたが、p-n接合型ではないMIS型であるため、このままでは大幅な高効率化は難しいと判断されました。すなわち、このLEDをきっかけに、赤崎先生は再び結晶成長という研究の原点に立ち戻ることを決意されたという帰路となったデバイスです。

(2)1985年に開発された低温バッファ層を用いて作製したGaNと用いずに作製したGaNウェハ
サファイア基板上に低温バッファ層を用いた作製した高品質GaNウェハです。比較のために低温バッファ層を用いずに作製したGaN結晶も展示し、低温バッファ層の効果を視覚的に確認することができます。

(3)p-n接合GaN系青色LEDウェハおよびその簡易的な発光装置
サファイア基板上に低温バッファ層を介して作製したGaN系青色LEDウェハです。電流を流すことによって明るく青色に発光します。

(4)光の3原色を原理するための装置
光の3原色(青・緑・赤)のLEDを活用することによって、全ての色が表現できることを理解するための装置です。青色LEDが実現されることによって全ての色が表現できることになったことが理解できます。

(5)白色LEDの動作原理を理解するための装置
通常用いられている青色LEDは、青色LEDと黄色蛍光体を組み合わせた構成で作製されているが、本装置はその原理を理解することができます。

※赤﨑先生が寄贈した展示物のレプリカは、名城大学に展示されることになっています。

天野先生
  • 天野先生が寄贈されたサセプタと紫外LED

(1)サセプタ
1985年当時に天野先生が使われていたMOVPE装置のサセプタ(基板フォルダ)です。高温で何回も結晶成長を行ったことが良く分かる物品で極めて貴重なものかと思います。

(2)最新の紫外LED
天野先生が現在主体的に進められている波長300nm以下の紫外LEDです。発光は確認していませんが、デバイス上部には蛍光体が付けられており、天野先生の名前が浮き出るということです(当日は発光していなかったので確認できていません)。

中村先生

(1)中村先生が開発に関わった最新の紫色LED
中村先生がカリフォルニア大学サンタバーバラ校とベンチャー企業で現在研究開発を進められている最新の白色LEDです。

(2)中村先生が書かれたBrilliant!という書籍
中村先生が書かれた青色LEDの開発に関する図書

おわりに

  • ノーベルバンケットの行われたCity Hallまでの通路の灯りを灯す子供達。ノーベルウィークはスウェーデン国民皆さんの協力によって運営されています。
  • 授賞式に向かう受賞者専用車。道中の信号は全て青になり、ノーベルマークが描かれた車両が連なる姿は圧巻でした。

ノーベルウィーク中のストックホルムは、至る所でノーベル賞関連の行事が行われていました。また、Nobel LectureやAward Ceremonyの司会や運営はスウェーデン国内の大学生がボランティアを主体としており、非常に丁寧な仕事に感銘を受けました。また会場の交通整理は子供を含めたボランティア、警察が中心に行っており、素晴らしい運営体制が構築されていました。さらに、現地ではAward CeremonyやNobel Banquetの様子がテレビ中継され、同国での関心の高さ、またノーベル賞をどのように大切にされているかを肌で感じることができました。日本では理科離れという言葉が出てきて久しいが、小さな子供だけでなく大人も含めた社会に対して科学技術に対する啓蒙活動が非常に重要なこと強く感じました。

ノーベルウィークという得難い経験を通して、今回の赤﨑先生、天野先生、中村先生の受賞を非常に多くの方々が喜んでくださると同時に、この学問分野への大きな期待をひしひしと感じました。このような研究に携わることができ、一研究者として光栄に思います。今後も、3先生を中心にこの学問分野の発展に貢献できるよう全力を尽くしたいと思います

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