大学概要【2026年度実施分】地域課題に向き合う

経済学部

地域課題に向き合う
実施責任者:太田 志乃

地方創生が叫ばれて久しいなか、今なお社会構造の諸変化は地域経済に大きな影響を与えています。少子高齢化に加え、多くの地域は商店街・繁華街の衰退といった「減少・衰退」に悩まされており、地域の中小企業や関連自治体は、その対応に急いでいます。では、「拡大」を図るにはどのような視点が必要となるのでしょうか。
本事業では、特定「地域」に焦点をあて、経済学部生の様々な視点から調査、分析を行います。

ACTIVITY

陸前高田における震災復興の軌跡と地域コミュニティ再興の試み

2026/08/25

 今回の活動では、東日本大震災での津波により壊滅的な打撃を受けた陸前高田市を訪問し、震災遺構や新たに建設された施設などを辿ることで、震災時に何が起き、その後どのように復興してきたのかを目で見て、肌で感じてきました。また、壊滅状態になった街を再建し、新たな地域コミュニティを形成して、地域を活性化しようとする試みのいくつかを見学し、少しばかりそのお手伝いもしてきました。
(1)当地は20メートルの高さにも及ぼうという津波が襲った地域で、商店街や住宅街が津波に飲み込まれた地域です。
 震災後は、約7年にも及ぶかさ上げ工事(山を一つ切り崩し、その土で街をかさ上げ)を経た後、より内陸に商業施設や住宅を建設し始めました。海岸には12mの高さの防潮堤ができましたが、それでも東日本大震災に匹敵する津波が来たら、それを防ぐことはできません。しかし防潮堤をこれ以上高くすると、住民の感じる圧迫感は耐えがたいものとなります。そこで防潮堤のすぐ内側の一帯は、かさ上げ後も少し低めに整地し、そこには住宅などを建てないようにしました(広い空地になっています)。そして商業施設や住宅はより内陸の、もっと高いところに建設しつつあります。
 万が一12m以上の津波が来ても、その海水はしばらく防潮堤の内側の低いところにたまっているだろう。その間に、住民はより高いところへ避難する――このように防潮堤を避難の時間稼ぎのための施設として位置づけ、そのコンセプトで街の構造がデザインされていったのでした。
 学生たちは街全体を見回しながら、防潮堤や海水につかって崩れかけた建物(震災遺構)、あるいは新たにできた震災伝承館や商業施設などを見学することで、事態の経緯を確認しました。防潮堤と海岸の間には、多数の松が育ちつつありました。ここはかつて、高田松原という景勝地でしたが、震災で松が軒並みなぎ倒されました(たった一本だけ生き残った松があり、「奇跡の一本松」の名でよく知られています)。そこに松原を復活させようと、数年前から苗が植えられるようになったのですが、それがいまや人の身長の倍ほどの高さにまで成長しています。新しい命の息吹を感じられる光景でした。
(2)当地の新たな地域づくりの営みとして、桜ライン311というNPOが行っている桜の植樹活動があります。これは津波が内陸のどのあたりにまで到達したのかを示すように、津波の到達地点に桜を植樹するという活動です。170㎞におよぶ到達地点に10mごとに、17,000本の植樹をするのが目標で、現在その15%ほどが植樹されました。全国から訪れるボランティアの人たちを案内して、植樹活動に参加してもらいます(その人たちが陸前高田で見たものを教訓に、地元に帰ってから防災に取り組むように)。将来、また大きな津波が来た時、人々は桜並木より奥に逃げなければと判断して、命を守ることができる――こうした意図で進められている活動です。
 学生たちは桜ライン311の職員の方からこうした趣旨を伺いながら、津波がどの辺まで襲ってきたのかを山の上から確認したり、また、最初に植えられた桜のある地点を訪問したりしました。津波が海から5㎞~10㎞ほども内陸に入り込んできたことを確認しながら桜の苗の列を眺め、津波の恐ろしさとそれを後世に伝えようとする桜ラインの方々の思いを痛感しました。
(3)震災後、当地には陸前高田しみんエネルギーという事業がスタートし、その組織がグリーンスローモビリティー「モビタ」という電気自動車を、時速20㎞以下で巡回させるようになりました。
 震災後、街はようやく再建されつつありますが、かつての商店街や住宅地はかさ上げされた土の下に眠り、現在は広大なかさ上げ地に商業施設、病院、行政施設などが飛び地的に散在しています。住宅の多くは、そこからさらに山側に立てられています。商店や住宅が集積していないというこの地理的配置から、買い物や病院通い、役所への相談などを歩いて行うことは困難となりました。またご近所付き合いも減り、新しい街はつくられても、かつてのコミュニティは戻ってこないという状況です。
 モビタはこの問題の解決に取り組む試みです。ポイントとなる地点を駅としながら街を巡回するので、これに乗れば(高齢であっても障がいがあっても)商店にも医療施設にも行政施設にも、自動車を運転せずに行くことができます。(料金は乗車1回100円)。車の中は対面式で座るようにデザインされており、しかも20㎞以下で走るので、乗客同士がこの車の中でゆっくり話せます。観光客は、地元の人と話しながら、街の様子をゆっくりと眺められます。こうしてモビタそれ自体が、新しいコミュニティとなることが期待されているのです。しかもこの電気自動車の電気は、自前で建設した水力発電所から供給されます。電力の地産地消です。
 学生はこのモビタに乗って、ドライバー兼ガイド役の方に震災前の街の様子や震災後の復興のプロセスについて説明していただきながら、街を一周しました。
(4)陸前高田の方々が震災後も(震災のあった2011年も)一度も休むことなく続けてきたイベントがあります。それは七夕まつりです。これは死者をお迎えするという意味合いを持つもので、震災で亡くなった方々をお迎えし、その方々に、残った者が元気に命を繋いでいる様子を見せるという強い思いで、続けられてきました。
 またこの祭りでは、それぞれの地域で独自に山車が準備され、山車の上に乗った住民が地域ごとのお囃子と力強い太鼓を披露します。それを大勢の人が曳いて、街を練り歩き、山車の出来を披露しあう仕掛けとなっています。
 地域の多くが県外へ避難してしまったため、今日、この祭りを地域住民だけで行うことは困難となっています。しかしこの時ばかりは、県外に出た人も地元に戻り、また我々のような陸前高田と縁のなかった者もお手伝いに参加することで、祭りは継続してきました。地域の人たちと地域外から手伝いに来た人たち――この人たちが心を合わせて山車を曳くこの一日は、地域内外に渡る絆を確認し、街を再建する思いを新たにする時間となっています。
 学生たちもこのお祭りをお手伝いさせていただき(準備、山車曳き、後片づけ)、ほんの少しばかり、地域の再興に参加してきました。

山から海を見渡しながらの、津波の凄まじさについてのレクチャー。

12mの防潮堤を登る。

人の背丈を越えた高田松原跡地の松。

夜景に映える山車。

  • 情報工学部始動
  • 社会連携センターPLAT
  • MS-26 学びのコミュニティ