特集変異株検出の新技術
新型コロナの遺伝子変異を検出。
感染経路特定につながる新技術を開発
2020年、新型コロナウイルス感染症の拡大により、世界はこれまでにない大きな危機に直面しました。名城大学では、この危機に立ち向かうため、「名城大学 新型コロナウイルス対策研究プロジェクト」を始動。同感染症がもたらす社会的な課題の解決を進めています。本プロジェクトに選定された神野透人教授の研究は、ウイルスの変異をPCR※検査と同様の手法・時間で検出する、実用目前の試みです。
薬学部 薬学科
神野 透人 教授
Hideto Jinno
京都大学薬学部薬学科卒業。国立医薬品食品衛生研究所を経て、2015年より現職。食・住の健康科学を標榜し、室内環境中の化学物質による健康影響から、食品成分による痛み・苦味刺激まで、衛生薬学に関する研究を幅広く展開。いわゆる「香害」の研究者としても知られている。日本薬学会環境・衛生部会学術賞、日本毒性学会ファイザー賞等を受賞。
「ゲノム分子疫学的調査への応用を指向した新型コロナウイルスSARS-CoV-2遺伝子変異検出法の開発」が「名城大学 新型コロナウイルス対策研究プロジェクト」に選定。
ウイルス遺伝子のPCR産物の温度特性から変異の有無を明らかに
SARS-CoV-2は遺伝子変異を起こしやすいウイルスで、武漢型やスペイン型に加えて、東京型、埼玉型といった変異型も話題となりました。変異によるタンパク質の立体構造の変化は、感染力や毒性の変化につながります。 一般に行われているPCR検査では、ウイルスの全ゲノム(遺伝情報)のうち、変異の有無にかかわらず共通する部分を増殖させて検出するため、どの型かは分からず、クラスターが発見されたとしても全員が同じ感染経路とは断定できません。これに対し、あえてゲノムの異なる部分を検出しようというのが、我々の研究「ゲノム分子疫学的調査への応用を指向した新型コロナウイルスSARS-CoV-2遺伝子変異検出法の開発」です。
検出方法は、高分解能融解曲線分析(HRM解析法)(図1)を用います。まずウイルスのゲノムから、蛍光色素を結合させたDNA二本鎖をPCRで作成。徐々に温度を上げていくと1本ずつに分かれていき、その際に蛍光強度が変化します。DNAを構成する塩基の種類が1個でも違えば温度―蛍光強度グラフの曲線(図2)が異なることを利用して、変異の有無を判別します。
HRM解析法自体は、薬学部3年次の学生も「衛生化学実習」で習得する一般的な手法です。ただしその際、プライマーと呼ばれるゲノム増幅に用いるDNAの設計開発には当研究室独自の工夫があり、それが今回の研究にも生かされています。
研究者の社会貢献への思いが、新技術をいち早く実用化へ
この研究プロジェクト、通称「Zwerge(ツヴェルゲ)、コビトを表すドイツ語」は、衛生薬学分野を専門とし、日頃から社会貢献を意識して研究に臨んできた当研究室の教員・大学院生の、「コロナ禍に対して何か貢献できないか?」という議論からスタートしました。研究の過程では、実際のウイルスを用いた実験ができない制約の中、文献やデータベースにあるゲノム配列情報に基づいてDNAを合成する技術を導入することで、解決しました。今後もし新たな変異型の存在が報告された場合も、感染が拡大する前に、配列情報からDNAを合成して変異型の温度―蛍光強度特性を解析し、検出体制を速やかに整えられます。
このプロジェクトには、生物物理化学を専門とする薬学部の小田彰史教授も参加し、遺伝子変異が感染力や毒性に及ぼす影響をコンピューターで予測する方法を開発しています。我々の研究成果と合わせると、新たな変異型が生じた場合、速やかに小田教授が感染力や有害性を予測し、当研究室ではその型に応じた検出技術を確立。愛知県で感染者が発生すれば、いち早く変異を判別して情報を発信することが可能となり、正確な感染経路の特定や、的確なクラスター対策にもつながります。
現在、すでに確認されている5種類の変異型に対する検出技術を確立できました。プロジェクト期限の2021年3月までに、自治体の研究所と共同で実証実験を行い、実用化の一歩を踏み出したい考えです。
※PCR:Polymerase Chain Reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の略。DNAの任意の領域を、酵素の一種であるポリメラーゼの働きで増殖させ、必要な量を得る方法。