特集文化人類学の立場から 私たちにとって 「居場所」とはなにか問い直す

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家に帰りたくない女性たちの現実から見えてくる、
現代社会における「家族」や「居場所」のあり方

桑島 薫 教授

経営学部 国際経営学科

桑島 薫 教授

kuwajima Kaoru

香川県出身。国際基督教大学教養学部語学科、シカゴ大学大学院社会学研究科、一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻、東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。(財)横浜市女性協会などを経て、2016年名城大学 経営学部 国際経営学科 准教授、2023年より現職。専門は文化人類学、ジェンダー論。主な委員歴に名古屋市男女平等参画審議会委員(第10期)(第11期)、名古屋市の困難を抱える女性のつながりサポート業務委託事業者評価委員。共訳著に『ヴィータ―遺棄された者たちの生』(みすず書房)など。

自分たちの足元にある社会を捉え直す文化人類学の現在地

文化人類学は、統計や客観的な数値では捉えきれない個人の主観的な経験や日常の実践を丁寧にすくい取り、社会の深層を浮き彫りにする学問です。かつてはアフリカや離島などの"未開社会"と呼ばれてきた地域を探究する学問というイメージが一般的でした。しかし現在では、時間やその他の制約から長期的な参与観察※が困難な場合があり、研究者が可能なタイミングで調査を重ねる「パッチワーク・エスノグラフィー」や、自身の生活圏をフィールドにする「サブウェイ・フィールドワーク」といった手法が定着してきています。これにより文化人類学は、自分たちの足元にある社会を捉え直すものに変化しています。
私も現在は、名古屋市栄の池田公園をフィールドに「家に帰りたくない少女たち」の参与観察を通して、人類学の視点から現代社会における居場所の不安定さや排除の構造を問い直しています。

※参与観察:特定の集団や地域、コミュニティーに実際に参与(参加)し、そこで起こる出来事を共に経験しながら観察する手法

DV被害者を保護するシェルター実態調査が転機に

研究者の道に進んだきっかけは、(財)横浜市女性協会(現在の(公財)横浜市男女共同参画推進協会)での10年間の勤務にあります。シカゴ大学で社会学を学び、日系のマーケティングリサーチ会社に勤務していましたが、人間に関わることや社会的な意義のある仕事をしたいという思いを抱いていました。帰国後、横浜市女性協会で働き始めた1990年代は女性の権利への関心が高まり、DV防止法(配偶者暴力防止法)などの法整備が進んだ時期でもあります。
そうした中で、当時まだ認知度が低かったDV(ドメスティック・バイオレンス)に関する日本初のシェルター実態調査をはじめ、多くの事業に携わりました。そこで過酷な状況にある女性たちの現実に触れたことが大きな転機となりました。その際、「外部の専門家を招いて事業を行うだけでなく、自分自身が専門的な知識を持ち、専門家として研究を深めたい」と考えたのです。

育児とともに歩んだDV被害者支援の研究

それはちょうど長男が小学校に入学するタイミングで、息子がランドセルを背負うのと同時に、私もリュックを背負って大学院に通い、「子どもが小学校を卒業するまでに博士号を取る」と決意していました。大学院では、実務で培った知見を生かしDV被害者支援を研究。修士課程ではアメリカ・サウスダコタ州の先住民(オグララ・ラコタ)のコミュニティーを訪れ、先住民運動に根ざしたDV被害者支援と、日本とは対照的なオープンなシェルターのあり方を調査しました。博士課程では、日本の民間シェルターでの参与観察を通じて女性の人権を人類学的に研究。当初の予定より時間がかかりましたが、2012年に博士号を取得。その後の数年間は、非常勤講師をかけ持ちしながら研究を続けてきました。当時は次男が幼かったこともあり、遠方での長期調査が難しい中で、身近な街をフィールドに選び、育児と研究を地続きのものとして歩んできました。

排除された女性たちは保護施設からどこにいったのか?

そして、2016年に本学に赴任します。名古屋でもしばらくは保護施設の研究を続けていましたが、法制度が整いDVの認知が進む一方で、「全国のDV相談支援センターへの相談件数は増加しているのに、近年、閉所に追い込まれる民間シェルターも出ている」という現状を目の当たりにし、「安全を必要としている女性たちは、今どこにいて、どうやって過ごしているのか」と疑問を抱くようになりました。そこで、施設の中で待つ調査から、自ら街へ出て当事者の実態に迫るアウトリーチの手法へと研究の軸足を移しました。それが、「居場所」研究の始まりです。

居場所を求めて都市の路上に滞留する若者たち

近年、新宿の「トー横」や大阪の「グリ下」、名古屋では「ドン横(現在は一部が池田公園に移動)」のように、居場所を求めて路上に滞留する若者が薬物摂取や性搾取などのトラブルに直面する問題が深刻化しています。こうした現状に対し、名古屋市では高校教師や医師らによる市民グループが毎月2回土曜日の夜に10代〜20代の女性が気軽に立ち寄れる「街角保健室☆ケアリングカフェ」を運営しています。テントでは、占いやバルーンアート、お菓子や飲み物、生理用品、避妊具などを無料で提供することで心理的ハードルを下げて迎え入れている一方で、医師や看護師が性感染症や避妊といったデリケートな相談に対応しており、困難を抱える女性たちが専門的な支援につながれる体制が整えられています。彼女たちは待ち合わせや、通りがかり、ホストクラブが開店するまでの時間や性風俗業の休憩中などに立ち寄り、スタッフと話したり、お菓子を食べたりして過ごしています。
こうした民間主導の動きに加え、コロナ禍での女性の困窮を受け、名古屋市でも国の予算を活用した居場所支援事業が始まりました。2025年8月からはNPO団体への委託により、毎週土曜の夜に10代から20代の女性を対象とした夜カフェ「yo:ru(ヨル)」が運営されています。しかし、行政の事業ゆえの年齢制限やルールが若者をはじいてしまう懸念もあり、どのようにして彼女たちの気持ちに寄り添った居場所を構築できるかが課題となっています。

名古屋市若年女性へのアウトリーモデル事業「夜カフェ(『yo:ru』)」

歓楽街の片隅に立つピンク色のテントで若年女性たちの「居場所」を研究

ピンクテント

私の研究が挑むのは、都市計画などの分野で扱うようなデータからはこぼれ落ちてしまう、一人一人の「主観的な経験」を丁寧にすくい上げることです。彼女たちは単なる「守られるべき弱者」や「問題児」ではありません。虐待や貧困、孤独といった家に帰りたくない/帰れない事情を抱えた彼女たちは、交流サイト(SNS)、マッチングアプリなど、自分たちが持つ限られたリソースを駆使してその日をやり過ごし、孤独を分かち合える仲間を見つけています。歓楽街の公園に設置されたケアのテントでは、そうした彼女たちの日常の実践に寄り添いながら、彼女たち自身もまた、街を移動するなかでふと立ち寄り、ときに支援を利用するなかで、ゆるやかなケアの空間が生まれています。私はテントでの参与観察を通じ、彼女たちを排除してしまう家族のあり方や、現代社会の構造的なひずみを人類学の視点から浮き彫りにしたいと考えています。

日本と海外の比較から考察する人類にとっての居場所とは

現在は公園に集う女性たちだけではなく、そこから新たな生活へと移っていった人々の「その後」にも関心を持っています。例えば、12歳から公園に通っていた少女が、20代となり、新たな生活へと踏み出していく。その歩みを丁寧に聞き取ることで、人生においての居場所の意味を深めていきたいと考えています。さらに居場所の研究は、フィリピン、ガーナ、ウガンダ、アルメニア、スペインをフィールドとする研究者との共同研究へと発展しています。日本のibashoという概念を、homeやplace to beといった各地の概念と比較しながら、人類にとって普遍的な「居場所」のあり方を探求したいと思います。

桑島薫教授のポートレート