特集数々のチーム・選手を頂点へと導いた、スポーツ医学の研究成果と実践

スポーツ医学の研究成果と実践

 名城大学女子駅伝部の全日本大学女子駅伝(杜の都駅伝)4連覇をはじめ、数々のスポーツチームや選手をサポートしてきた薬学部の梅田孝教授。アスリートの最高のパフォーマンスを支えるスポーツ医学の研究と実践について伺いました。

薬学部 薬学科

梅田 孝 教授

Takashi Umeda

東洋大学の箱根駅伝初優勝は全選手が実力を100%出せた結果

 アスリートがトレーニングをすると、体力が高まる一方でオーバーリーチング(一過性の疲労)が起き、放っておけば慢性的な疲労蓄積や貧血につながります。その変化を把握し、食事や休息によって適切に回復させる「流れ」をつくるのが、私のスポーツ医学の実践です。
 これまでの実践例をご紹介しましょう。
 2009年に箱根駅伝で総合初優勝を果たした東洋大学陸上競技部には、前任地の弘前大学時代に3年間関わり、1~2カ月ごとに血液検査や身体組成測定、心理テスト、骨密度測定から成るメディカルチェックを実施しました。
 大会半年前にスポーツ性貧血が判明した選手には、タンパク質や鉄の適切な補充を助言。さらに、チームの大多数が朝の空腹時に低血糖だったことから、減量による糖質不足と判定し、食事の量と質の問題点を指摘。いずれも大会当日までに改善しました。また大会10日前に思うように走れなくなった選手は、メディカルチェックで問題がなく、原因が精神的プレッシャーであると報告したところ、翌日には復調しました。
 注目を集めた柏原竜二選手を除けば、チームの事前の平均タイムは大会出場チーム中3~4番手でしたが、全員がベストコンディションで計算通り走れたことが総合優勝の要因だと思います。
 よく「120%の力が出せた」という指導者がいますが、私は持っている力しか出せないと思っています。問題は、100持っていたら100出せるように準備できるかどうかなのです。

「データは現場にある」を信条に女子柔道からJリーグまでサポート

 女子柔道では、数多くの全日本強化指定選手に関わってきました。36歳の現在も活躍中の宇高菜絵選手は、2014年、世界柔道選手権大会女子57kg級で金メダルを獲得しました。彼女が当時所属していたコマツ女子柔道部に私が関わり始めた頃、20代後半の彼女は練習についていけず引退を口にしていました。血液検査を行うと極度の貧血が判明。そこで食事の改善と医師の下での貧血治療に取り組んだ結果、約半年で復調し、冒頭で述べた金メダルを獲得したのです。
 2009年にサッカー・湘南ベルマーレのJ1昇格をサポートした際には、メディカルチェックを実施。全身の筋肉量が不均衡な選手には改善のためのトレーニングを、血液検査データから慢性的な筋疲労の蓄積が疑われる選手には、疲労回復を重視した練習メニューを提言しました。
 私がこうした実践を行う上では、二つの信条があります。一つは、日本中どこであろうと、練習場や合宿所などの現場へ出向くこと。練習時間を削って研究施設や医療機関へ選手を出向かせる一般的なやり方ではなく、われわれの方から足を運び、監督やコーチ、選手本人が抱えている課題や問題点を直接聞き取り、できる限り現場に生かせるサポートをする。弘前大学時代の師匠の教えですが、「アスリートが活動する現場にこそ解決すべき課題とニーズがある」からです。もう一つは、医学とスポーツの現場、両方を熟知した者として、それぞれの知識や経験に応じて分かりやすい言葉に「翻訳」して相手方へと伝え、橋渡しをすることです。

課題解決のベースにあるのは、現場で集めた研究データの蓄積

強化合宿で「追い込めているか」を血液検査で科学的に判定

 選手の指導・助言のベースとなるのは、私が行ってきた研究の成果です。全日本女子柔道ナショナルチームの例で紹介しましょう。
 世界選手権前に行う強化合宿では、立ち上がれなくなるまで練習し、筋肉を極限まで追い込みます。強化合宿指導者の大半を占める男性コーチが悩んでいたのが、「女子選手は男子より長い時間動けるのに、突然、過呼吸を起こすこともある。身体的に本当に追い込めているのか、精神的に限界なのかが分からない」という問題でした。
 これを解決したのが、血液検査データの研究結果です。免疫機能を担う白血球の一種、好中球は、細菌やウイルスなどの異物を貪食、つまり自らの中に取り込んだ後、活性酸素を出して殺菌・処理します。運動をすると筋肉の一部が破壊されますが、実はこれもウイルスや細菌と同様、好中球と活性酸素によって、異物として処理されます。好中球の貪食能と活性酸素産生能の値は、どちらも運動前を基準にすると、運動によって高くなり、後に下がります。その際、貪食能と活性酸素産生能では増減に時間差があります。
 これに関する蓄積データを解析した結果、その二つの機能が身体疲労の状況や運動負荷強度・時間によって運動の前後で主に「増・減(or変化なし)」「減・減」の二つの反応パターンを示すことが分かりました。
 このパターンについて先の女子柔道チームのデータを観察したところ、合宿後には両方とも運動前より低い値になっていて(右下図のC)「合宿中の練習が身体的に疲労困憊(こんぱい)まで追い込むだけの強度、時間であった」と判断できたのです。

運動開始後は、血中の好中球が異物を取り込む「貪食能」と、殺菌するために活性酸素を出す「活性酸素産生能」が、図のように時間差で増減する。通常レベルの練習後には、柔道や相撲では図のt1の状態となり、運動負荷強度の高いラグビーや長時間行うマラソンではt2の状態となる。

Aのように、柔道選手が体調良好な状態で通常レベルの運動を行った場合、運動前と比べて運動後の活性酸素産生能は上昇、貪食能は低下または開始時と同等の値を示した。Cの「合宿終了時」のように、疲労が蓄積した状態で通常より高強度の運動で負荷をかけた場合には、両者が低下する傾向が見られた。
この結果を生かし、血液検査データのうち、練習前後の好中球の貪食能・活性酸素産生能の増減パターンを見ることで、対象者の体調の把握と、運動の強度や時間が妥当かどうかを判断するのが、梅田教授の考案した方法である。
※ROS 活性酸素。激しい運動やトレーニングの際に、体内に取り込んだ酸素から大量に発生する。

身体組成測定で筋肉バランスを把握し必要なトレーニングを導き出す

 筋肉量を高めるトレーニングについても、やみくもに筋力アップを図るのではなく、データに基づき、競技特性(必要な動作や体力)を考慮しながら弱点を補い、けがを防止できるよう助言・指導しています。
 まず選手の身体組成測定を行い、全身データを収集します。次に全身・身体各部位の体脂肪量や筋肉量のデータから、目指すべき体型や筋肉量・バランスを評価します。そして、この結果と競技の特性を踏まえ強化が必要な箇所を割り出し、これに適したトレーニング方法、栄養摂取方法を助言します。
 全日本インカレのベスト4メンバーにもなった名城大学バレーボール部のある男子選手は、手足の筋肉量に比べて体幹の筋肉量が少ないアンバランスな状態であることが判明しました。そのまま放置すれば、ジャンプなどの動作時に腰を痛めるリスクがある上、ディフェンス時に低姿勢で安定して構えることができず、動作を行う際にも不利となります。また、両腕の筋肉量のバランス不良という測定結果も出ていて、トスを上げる際のボールコントロールの乱れにつながることも考えられました。
 この選手には、体幹の筋力強化と、両腕の筋肉バランス改善の必要性を伝え、具体的なトレーニング方法を助言。3カ月後の測定では、それらに改善が見られました。

名城大学バレーボール部員に、身体組成の測定結果に基づいてトレーニング内容を助言・指導した際のデータ。
第1回の測定結果(左)では、体幹筋肉量が四肢に比べてわずかに低く、上肢の左右バランスが不良。適切なトレーニングを行った後である第2回の結果(3カ月後)では、上肢・体幹の筋肉量とバランスが、ともに改善している。