特設サイト第113回 漢方処方解説(64)女神散

今回ご紹介する処方は女神散(にょしんさん)です。

原典は、浅田宗伯の「勿誤薬室方函」ですから、日本でできた処方です。浅田宗伯が常用していた処方の一つということですが、元々は「安栄湯(あんえいとう)」と名付けられた処方だとされ、戦場で感情が鬱結した結果生じた心身症(「軍中七気(ぐんちゅうしちき)」という)を治す処方であったものを、浅田家では婦人の「血の道症」に用いて効果があったため、「女神散」という名にしたという逸話があるそうです。

香附子

香附子(こうぶし)

檳榔子

檳榔子(びんろうじ)

木香

木香(もっこう)

丁子

丁子(ちょうじ)

この処方の構成生薬は、当帰、川、白朮(蒼朮でもよい)、香附子(こうぶし)、桂皮、黄 、人参、檳榔子(びんろうじ)、黄連、木香(もっこう)、丁子(ちょうじ)、甘草、大黄の13種類で、最後の大黄はなくてもよいとされています。当帰や川は補血薬として、これまでにご紹介した婦人科系で汎用される処方でよく使われる生薬で、黄や黄連は清熱薬として炎症をとる生薬です。また、人参や朮は補気薬として働き、香附子や木香、檳榔子などは理気薬・行気薬として気の巡りを良くし、桂皮と甘草はのぼせた気を引き下げる役目を負っています。丁子は、気薬としても働きつつ、身体を温める温補薬として働き、桂皮や人参、朮、甘草、黄連などは健胃薬としても機能しています

この処方は、産後や更年期の神経症・自律神経失調症で、のぼせやめまいを主訴とする場合に用いられ、いわゆる「血の道症」を治す処方とされています。この「血の道症」を現代医学的にいうと、産褥期や更年期、あるいは月経障害に伴って生じる不眠、抑うつ、不安、焦燥感、興奮などの精神神経症状やのぼせ、灼熱感、発汗、動悸、めまい、頭痛などの自律神経症状をすべて含んだ状態と考えられます。

また、「安栄湯」として「軍中七気」に用いられていたということですので、基本的に強いストレスに曝された結果生じる症状を治す処方だとも考えられます。ストレスによる「肝」の気血の流れの悪化からイライラや神経症が生じ、相克の関係にある「脾」の働きに影響して「気血水」すべての産生が低下し、それらの巡りも悪くなって下半身に陽気が届かなくなって冷えを生じるというように連動していきます。また、上半身に陽気がこもって熱を生じるからこそ、のぼせやほてりとなり、頭部に熱がおよぶと、めまいや頭痛として現れるというように、それぞれ症状も理解できるのではないでしょうか。

ほとんどの場合、女性の月経周期に関係する疾患・症状に用いられますが、まれに男性にも応用されるそうです。比較的長期にわたって使用されることが多いので、甘草に起因する副作用の出現には気をつけなければなりません。服用中に脱力感やむくみ、血圧の上昇や体重増加などが認められましたら、服用を中止するようにしてください。

(2024年8月30日)

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