特集医療分野におけるゲノム編集とその周辺技術の活用

幅広い分野で活用され始めている「ゲノム編集」。医療の現場、薬学の世界ではすでに切り離せない技術となっています。

薬学部 薬学科

金田 典雄 教授

Norio Kaneda

京都府生まれ、1975年、京都大学薬学部卒。1981年、名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。名古屋大学医学部助教授を経て、1996年4月から現職。専門は、分析化学、生化学、分子生物学。「薬学のための分子生物学」など著書多数。2015年、白血病に有効な新規イソフラボンを発見し、それを活用した新規抗がん剤の開発などに取り組んでいる。

TOPIC 1 遺伝子疾患・難病の新規治療に期待

ゲノム編集によって、遺伝子疾患の治療法開発が進むことが期待されています。例えば京大の山中伸弥教授らの研究によると、筋肉が萎縮・壊死していく難病の筋ジストロフィーの治療が計画されています。まず患者の白血球などからiPS細胞をつくり、ゲノム編集によって原因遺伝子を正常遺伝子に交換した後、筋肉に分化させて、それを患者の筋肉に移植するというものです。
また、エイズ(後天性免疫不全症候群)のように、ヒトの免疫に直接作用する病気の治療にも活用できると思います。エイズとは、免疫を担うリンパ球のT細胞にエイズウイルスがくっつくことで免疫低下につながる病気。これは、エイズウイルスが、T細胞だけが持っている特殊なタンパク質を認識して結合することで起こります。ゲノム編集によってエイズウイルスが認識するタンパク質を作らないようにすれば、エイズウイルスはT細胞にくっつくことができません。白血病をはじめとする各種がんの新規治療法にも期待が高まっています。

TOPIC 2 ゲノム創薬がスタンダードに

「ゲノム創薬」とは、集積されたゲノム情報のデータベースを活用して薬を創る方法のこと。かつての創薬現場では、対象となる酵素やタンパク質に対しての効果を見るために、あらゆる化合物をひとつずつ試して絞り込んでいくしか方法がありませんでした。そのため、医薬品の開発には膨大な時間と費用がかかっていました。
ゲノム創薬では、遺伝子の情報から病気に関係する遺伝子を特定し、それに対応する分子や化合物を見定めて医薬品の開発に取り掛かるため、開発期間が短くなるというメリットがあります。これからの創薬はゲノム創薬が中心となるでしょう。

TOPIC 3 オーダーメイド医療

遺伝子情報から治療法を組み立てることを「オーダーメイド医療」といいます。薬学部の視点で言うと、ゲノム解析によって「オーダーメイド医療」がますます身近になってくるでしょうね。アルコールが得意、不得意といった体質があるように、薬の効きやすさには個人差があります。遺伝子情報の共有がもっとスタンダードになれば、個々人に合わせた薬の種類、量を調整することができる。薬剤師にとってはよりよい投薬の提案ができますし、患者さんはより自分に効果の高い医療を選択することができます。

TOPIC 4 ゲノム編集の課題

すでに、受精卵にゲノム操作を行うことは可能です。例えば、受精卵の段階で、親から受け継いだ遺伝子疾患の原因遺伝子を修復したり、自分の思い通りの遺伝子を持った子供を誕生させることにつながったり。後者の例は「デザイナーベビー」と呼ばれ、近年世界中で倫理的議論を引き起こしています。やはりこれは、慎重にならないといけない問題。誕生する前からゲノムを操作することは、命の選別につながります。革新的な技術ではあるけれども、医療の分野に関しては、慎重すぎるということはないでしょう。