特集漢方薬と免疫力

免疫力の「底上げ」「調節」作用が、漢方薬には潜んでいる

 体質を改善するイメージを多くの人が持つ漢方薬。免疫力の観点ではどのような効果があるのでしょうか。長い歴史がある半面、未知の部分が多い漢方薬の科学的解析に取り組む、能勢充彦教授に伺いました。

薬学部 薬学科

能勢 充彦 教授

Mitsuhiko Nose

名古屋市立大学薬学部を卒業後、同大学院薬学研究科へ。同大学薬学部助手・講師を経て、2005年4月より名城大学薬学部教授。2018年、「代表的な甘草配合漢方処方25種におけるグリチルリチン酸含量の比較」で日本生薬学会論文賞を受賞。名城大学公式ウェブサイトに「漢方随想録」を連載中。

数百もの化合物から成る漢方薬は好奇心が尽きない不思議な薬

 漢方薬は、主に自然の草木から成る生薬を混ぜ合わせ、煎じて用いる薬です。西洋医薬品と大きく異なり、何百という種類の化合物が含まれています。小児のインフルエンザ治療には異常行動の恐れがあるタミフルに代わって麻黄湯(まおうとう)が用いられたり、インフルエンザの予防には抗体価を上げる効果のある補中益気湯(ほちゅうえっきとう)が処方されたりと、感染症の治療や予防に用いられる薬もあります。漢方薬は、その人の体力や抵抗力によって「虚」「実」に分けられる「証」と呼ばれる体質や、気や血(けつ)・水(すい)による身体の状態に対応して、伝統的な処方の薬を用います。ところが、同じ「○○湯」という方剤が多方面に効果を示したり、症状によっては反対の作用を示したりすることがあります。

 このように漢方薬は、本質的な作用のメカニズムに関してまだ分かっていないことの多い、「不思議な薬」です。私は、実験結果に基づいて、医師や薬剤師といった臨床家が安全かつ適正に使えるようにすることを目的に研究を行っています。片や複雑な生体、片や同じく複雑な漢方薬。その中で、作用の主役となる細胞と化合物はどのようなものか、また、いかなる分子メカニズムによって作用が起きるかの解明に挑んでいます。不思議な薬の本質を知りたいという好奇心もあり、多様なテーマで研究を行っています。

多くの漢方薬に含まれる多糖体が免疫を底上げすると考えられる

 私がこれまでに行ってきた研究の中には、免疫力に関連したテーマもいくつかあります。その中の一つが、漢方薬に「免疫底上げ」の作用があるかどうかを探るものです。先にも述べた、漢方薬に含まれる何百という化合物の機能や作用には、感染症の防御にも役立つ自然免疫を底上げする「免疫賦活作用(めんえきふかつさよう)」が、わずかずつでも潜んでいるのではないかと考えました。
 注目したのは、漢方薬の中に含まれる、糖鎖の長く連なった高分子化合物の多糖体です。これが血液中の自然免疫を担う細胞の一種であるマクロファージの異物排除能力を上げる、あるいは抗体産生に関わるという仮説の下、実験を行いました。主に小柴胡湯(しょうさいことう)を中心とする柴胡剤(さいこざい)や黄連解毒湯(おうれんげどくとう)など、10種類近い方剤で、仮説が正しいことが証明されました。

 漢方薬に含まれる多様な成分のうち、高分子化合物である多糖体が免疫を全体的に底上げする一方で、各方剤の特徴的な成分である低分子化合物が、一般的な医薬品と同じような切れ味の良い作用を示しているのではないか──研究成果として明らかになったと言うには実験数が少なく、漢方薬本来の使われ方や伝統的な理論にはのっとっていないかもしれませんが、そのような有益性・有用性が確かにあると考えています。

アトピー性皮膚炎に対する漢方薬の効果メカニズムに迫る

 もう一つ、20年ほど前から始まり現在も進行中なのが、アレルギーに対する漢方薬の作用に関する研究です。漢方薬の中には、以前からアトピー性皮膚炎に有効だとされてきた処方があります。それらの作用メカニズムの解明に取り組んでいます。
 アトピー性皮膚炎は、本来は免疫による正常な身体の防御反応が、異常に高じて病的になった状態です。その異常な反応を漢方薬がどのように抑制するかを、マウスを用いた実験によって調べています。

 これまでに明らかになったのは、漢方薬の中でも気や血を補う薬「補剤」に分類される十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)や補中益気湯には、獲得免疫であるT細胞の一種「制御性T細胞」を活性化する作用があることです。T細胞には免疫のアクセル役を果たすものとブレーキ役をするものとがあります。制御性T細胞は、免疫が過剰に働くことをやめるブレーキ役。十全大補湯や補中益気湯は、ブレーキ役を活発に働かせることで、抗アレルギー作用を示すというわけです。

 一方これらとは逆に、黄連解毒湯には、T細胞の中でも「エフェクターT細胞」(ヘルパーT細胞やキラーT細胞)の活性を抑制する効果があります。エフェクターT細胞は免疫系のアクセル役。黄連解毒湯はそのアクセルを抑え、免疫が過剰に高まることを抑制します。
 同じように獲得免疫のT細胞に働きかけることでアレルギーに効果を示す漢方薬でも、その働きは「ブレーキを強く踏む」「アクセルを弱める」という、陰と陽のように真逆の場合があるのです。

T細胞に働きかけて免疫を調節。合成薬にない機能が漢方薬に

 漢方薬は体質改善に効くとよく言われますが、本当にそうであるか否かの答えはまだ出ていません。しかし、制御性T細胞を発見した大阪大学の坂口志文教授の著書から言葉を借りると、「免疫系とは、自己と非自己を区別する」もの。その区別が明確になりすぎると、環境中のありとあらゆる場所に存在する細菌やウイルス、その他の異物といった抗原と反応し、アレルギー反応が起きます。逆に、免疫が「自己である」と判断する許容量が増えれば、寛解状態が保たれます。つまり、漢方薬は制御性T細胞の働きを調節することにより、自己と非自己の境界線を動かしているのではないかと考えられます。

 免疫力は低くても困り、高すぎればアレルギー反応につながるという、もろ刃の剣です。しかし、相手次第で自己と非自己の区別を調節できれば、過剰な反応は抑えられます。そこで重要となるのが制御性T細胞です。今のところ、制御性T細胞を活性化できる薬は、合成医薬品では完成していません。これに対し、漢方薬にはすでに存在し長い年月にわたって利用されている「免疫調節作用」という独特の機能が、すでに備わっているのです。