特集現代農業が抱えるジレンマと3つの問題

私たちの社会はこれまで、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)と進化をとげてきました。さらに政府は、2016年から2020年、第5期科学技術基本計画において目指すべき未来社会の姿「Society5.0」を提唱しています。

出典:内閣府HP

情報社会(Society 4.0)は、あふれる情報から必要なものを見つけて、分析する作業が負担であったり、年齢などの制約によって情報技術を駆使する能力に偏りがあったりと、すべての人が十分に対応することが困難でした。
「Society 5.0」では、IoT(Internet of Things)ですべての人とモノがつながり、さまざまな知識や情報が共有され、これまでの課題や困難を克服します。また、AIが用途に合わせて必要な情報を必要なときにフィードバックするようになり、ロボットや自動走行などの技術で少子高齢化、地方の過疎化、貧富の格差などの課題解決が期待されます。
「Society 5.0」は、AIやロボットに支配されるのではなく、技術革新によって人がいきいきと暮らせる「人間中心の社会」をめざしています。これは、国連が掲げている「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals:SDGs)にも共通しているものです。近年では、「Society 5.0」の社会に向けて、あらゆる分野でAIやIoTを駆使した「人間中心の社会」を実現しようとする動きが強まっています。
本特集では、農学部生物資源学科で農地整備事業の経済効果等について研究している磯前秀二先生に、現代の農業が抱える問題や、「Society 5.0」の社会によって実現する新たなスマート農業について伺います。

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農学部 生物資源学科

磯前 秀二 先生

HIDEJI ISOMAE

1982年、東京大学大学院で農学系研究科農業経済学専攻博士課程を修了。農学博士。文部省初等中等教育局の教科書調査官として社会科経済分野を担当。1996年、名城大学農学部農学科に助教授として着任。2001年より農学部生物資源学科の教授として農業経済を専門に研究している。これまで、農学部長、副学長、常勤理事等を務めたほか、日本農業経済学会などにも所属している。

農業はいま、ある転換期を迎えています。農業において「生産性を高めたい」と思ったとき、一見すると農地の規模を拡大すれば、収穫量が増えて生産性が向上するのではないかと思われますが、費用、収入、労働という3つの側面からこの問題を捉えてみると、実はそうではないのです。私たち研究者は長年、このジレンマを受け入れながら研究を行ってきましたが、「Society5.0」がもたらす技術革新がこの常識を覆そうとしています。

現代農業が抱える3つの問題

最初に農業が抱えてきた、費用面、収入面、労働面での問題をそれぞれ考えていきます。

まず費用面です。農業では、経営できる土地がどこにでもあるわけではないので、規模を拡大すると、農地が分散してしまうという問題があります。そのため、経営している農地と農地の間を移動する時間や、移動に係わる費用がかかってしまい、農地の拡大に比例するよりも多く費用がかかってしまうこともあります。グラフ1のデータによれば、作付面積が10haを超えると生産に関する費用がほとんど減少していかないことが分かります。規模の拡大にあわせて費用対効果が上がっていくのが理想ですが、農地が分散され、生産性が向上しなくなってしまうのです。

  • 出所:農研機構
  • 農地を拡大すると、どうしても分散してしまう。

2つ目に、収入面です。農地面積が拡大したからといって、収入がそれに比例して増加するわけではありません。その理由は、肥料撒き、害虫駆除、収穫といった農作業を適正に管理する「肥培管理」が農地すべてには行き届かなくなってしまうからです。肥培管理が不十分にしかできなくなれば、品質が下がってしまい、高単価の農作物を諦めざるを得なくなってしまいます。これにより、収入単価が下がってしまうという問題があります。また、肥培管理が十分にできないことで単位面積当たり収穫量も低下します。つまり、収穫量は規模に比例しては増えません。

3つ目に、労働面の問題です。経営規模を拡大するには、農業に費やす労働量も増やさなければなりません。農作業には短期的に集中して行う作業が多くあります。規模を拡大したことで、労働量も急増することになり、労働生産性は高まりません。これは機械稼働数にも言えることです。

図1にも示しているように、農業の労働生産性の計算式は、{(単価×生産量)-移動費用も含めた物財費}÷労働時間です。例えば、100円で売れるキャベツを20個作る農家があるとします。物財費を1000円、労働時間を20時間とすると、ここでの労働生産性は50になります。この農家が経営規模を10倍にした場合、十分な肥培管理ができなくなるために生産量が比例して増加せず、収穫されるキャベツは200個未満になってしまいます。不十分な肥培管理による品質低下にともないキャベツが80円でしか売れなくなってしまう可能性もあります。加えて、ガソリン代などの移動費用の急増を考えると物財費は10倍を超えるかもしれません。この場合、経営規模の拡大にともない、労働生産性は50よりも低くなってしまうことが予想できます。

農業の規模拡大を実現する技術革新

これら3つの問題を解決してくれるだろうと期待を集めているのが、AI、IoT、リチウムイオン電池といった技術の発達です。ノーベル化学賞を受賞した本学の吉野彰教授は、自らのリチウムイオン電池の発明がもたらすであろう技術革新を「ET革命」と呼んでいます。太陽光、風力といった再生可能エネルギーを蓄電できるとともに、繰り返し使えるリチウムイオン電池が環境問題と経済問題を両立させて解決するとされているように、私は「Society5.0」がもたらす技術革新が現代農業のジレンマを解決してくれると考えています。

後半へ続く