特集多様性を備えた「人間中心の社会」がもたらす農業の発展

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ディープラーニングを行うAIがもたらす農業へのメリット

いま農業は、AIやIoT、リチウムイオン電池によって転換期を迎えようとしています。その一端を担っているのが、ディープラーニング(深層学習)を行うAIです。これまで農業に使用されてきたAIは、正規分布のデータに基づいた判断が基本でした。ただ、これでは大規模な台風や豪雨など、予想外の事態に対応できません。しかし、ディープラーニングを行うAIの登場で、人工衛星などを使って生育状態や自然環境のデータを感知・予測し、農業機械へ自動走行・飛行の指示を出せるようになる時代がやってくるだろうと言われています。AIがディープラーニングによって発達していけば、機械に最適な肥培管理(※)を任せられる日もそう遠くはないかもしれません。
(※)肥料撒き、害虫駆除、収穫といった農作業を適正に管理すること

ディープラーニングを行うAIを農業にも取り入れることで、大規模経営の労働生産性が飛躍的に向上し、国際競争力の構築が実現する可能性が大いに高まるでしょう。最適肥培管理システムが広範囲に行き届くため、これまでのように農地の拡大にほぼ比例して労働を投入しなくても、高品質・高単価・高収量の生産が行えるようになり、収入面、労働面の問題を解決してくれます。図2にも示しているように、高品質が評価され注文が急増して生産量が増えれば増えるほど、平均固定費が生産量に反比例して下がっていきます。そのため、農業の規模を拡大すれば土地が分散してコストがかさむといった費用面の問題を緩和してくれます。

固定費は一定であるため、平均固定費は生産量が増えるほど急速に減少し、それにあわせて平均費用も減少する。

また、これまでの農業といえば、人間の経験をもとに「勘」を頼りにする作業が多くありました。「〇〇さんの農家で作られたキャベツが美味しい」といったように、長きにわたって経験を積んだ生産者が美味しい農作物を作れるイメージでした。しかし、ディープラーニングを行うAIを利用すれば、高い品質を実現する高単価のキャベツが作れるようになるのです。私は、AIの発達が高品質の栽培も可能とし、費用面、収入面、労働面の問題を解決するだけではなく、自らの経験を引き継ぐ農業の担い手がいないといった問題も解決してくれると考えています。

AI実装に伴う農業の未来

データを収集し、使えば使うほど賢くなる、頼りになるAIが農業に革命をもたらそうとしています。AI実装を実現のものにするために、これから農業がどのように変化していくかについて考えていきましょう。

AIが学習を行う初期は、実験しやすい圃場でどんどんデータを集めていくべきだと思います。さらに、農業へのAIの導入を促進するには、都道府県などの農政部の動きも重要です。国や県が補助金を出したり、最適肥培管理システムの特許取得を支援したりすることで、農業関連の民間企業や農家での研究開発のハードルを下げていくべきでしょう。

私はまた、実装段階だけではなく、開発の段階でも県の農政部のサポートが必要だと考えています。私たちの住んでいる愛知県は、「ものづくり愛知」として、自動車関連技術の開発が盛んです。これまでは、その技術を農業機械にも応用するということでよかったかと思います。しかし、近年の自動車関連技術の開発は、自動走行などのハイテクノロジーを極める一方で、農業には応用しづらくなってきています。平らな道路を前提とした自動車のハイテク技術が、農地特有のふわふわな土壌やでこぼこな土地にも適応できるかといえば、そうではありません。これからは、自動車技術とは異なる方向で、行政主体での農業技術開発促進のしくみづくりが重要になってくると考えています。

国や県や市、そして民間企業や大学が、AIの社会実装に必要なしくみづくりのためにどのような知恵を出せるかで、私たちの農業の未来は決まってくるでしょう。

多様性を認め合い、発展していく農業に

もちろん、AIを社会実装したからといって、人間がまったく農業に係わらなくてよくなるというわけではありません。AIに頼りすぎることで起こる倫理的問題にも配慮する必要があります。例えば、農業にやりがいを感じている人から仕事を奪ったり、小規模経営をしている農家にAIの利用を強制したりすることは避けなければなりません。無人化は必要なところでのみ推奨し、農業の経営形態の多様性を尊重しながら、機械よりも人間がした方が良い業務を見極めて、人間とAIがうまく共存していくことが大切です。

私たちはAIとは異なり、倫理をふまえた"考える力"を持っています。多様性を認め合う社会が、農業の発展のヒントを生み出し、機械にはない人間の真価を示せる場所にもなり得ます。そうすることで、「Society5.0」が唱える「人間中心の社会」に近づけるのではないでしょうか。

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農学部 生物資源学科

磯前 秀二 先生

HIDEJI ISOMAE

1982年、東京大学大学院で農学系研究科農業経済学専攻博士課程を修了。農学博士。文部省初等中等教育局の教科書調査官として社会科経済分野を担当。1996年、名城大学農学部農学科に助教授として着任。2001年より農学部生物資源学科の教授として農業経済を専門に研究している。これまで、農学部長、副学長、常勤理事等を務めたほか、日本農業経済学会などにも所属している。