特集学ぶとは、生きること。

人間の学習能力には無限の可能性がある。学習能力は年を経るに連れて退行していくと思われがちだが、決してそうではない。
脳の働きというのは、年をとったら大きく低下するようなやわなものではない。生き物としての人間の学習のキャパシティは非常に高く、生きている限り人は学習していく存在である。
学ぶ存在である人間にとって、「教育」は人生100年時代を健やかに生きるために、子どもや若者だけの問題ではなく、高齢者にとっても、あるいは家族や地域のあり方にもつながる重要な問題だ。

家庭教育について。

人生100年時代ということが言われている。教育には人間のライフステージに対応して教育を受ける機会と場所が大きく分けると、3つある。家庭教育、学校教育、そして社会教育である。これらの機会を通じて人は成長し、100年を生きる力を身につけていくと考えられる。
まず家庭教育から考えてみよう。
家庭教育において子どもの発達を考える時、もっとも大切なのは、「アタッチメント」である。愛着理論ともいうが、子供の社会的、精神的発達が正常に行なわれるために、養育者と親密な関係を維持する必要がある。もし仮にその関係が欠けていた場合、子どもは社会的、心理学的な問題を抱えることになる。
かつて長崎県で小学生が同級生を刺殺するというショッキングな事件があった。その時、その子の生い立ちや家庭環境を調べたところ、どうやらこの子は誰ともアタッチメントを持っていなかったということが分かった。このため施設の女性担当官と疑似母子関係をつくり、そこから育て直していくべきだという裁定が下った。人間としてこの社会を生きていくための「出発点」が家庭でうまくできていなかったことを見据えた、心理学における家庭教育の要点をついた決定だったといえるだろう。この事件が教えてくれているのは、アタッチメントが人間として社会を生きていく上での最初の基盤であるということだ。

学校教育について。

学校教育について考えてみよう。その課題は、「授業のあり方に尽きる」と伊藤先生は言う。1970年代末期に全国に校内暴力が蔓延したことがあった。その解決策として注目されたのが、生徒の指導が上手い、つまり授業をちゃんと回せる先生の存在だった。問題を起こす子どもたちも、はじめから学校に行くのが嫌だと思っているわけではない。授業は、できなかったことができるようになり、知らなかったことを知ることを通じて、自らの成長を知る機会だ。充実した授業の体験があれば、暴れたり人をいじめたりすることは少なくなる。つまり学校教育の根本はどこまで行っても授業であり、教師なのだ。子どもがどこでつまずき、教室から離れていくのかが分かる教師が、校内暴力に走る子どもたちを救ったのだ。
もちろん、まだ学校教育における課題は山のようにある。校内暴力は影を潜めたとは言うものの、現にまだ「いじめ」はなくなっていない。しかし、その解決の糸口は、教師にあるのかもしれない。

地域での教育について。

「東京の自治のあり方研究会」事務局による東京都下各区市町村ヒアリング結果により集計。平成15年から平成25年までの10年間の数値が把握されている33区市町村の平均値を集計。

地域には消防団や町内会、祭などの行事に関するものなど、さまざまな集まりがある。こうした集まりでは多様な年齢層の人が集まって、防災・伝統・環境・人権などの話を聞くことができる。東日本大震災の例を待つまでもなく、地域の古老たちが語る過去の災害事例が後に役立つこともありうる。こうしたものも時代とともにやせ細り消滅しかかっている。子どもたち、若者たち、そして働き盛りの中高年も、ぜひ参加して地域について考える機会としたい。文部科学省では、今後の地域における社会教育の在り方として、「社会教育」を基盤とした、~人づくり・つながりづくり・地域づくり~を上げている。地方では、伝統行事の担い手が不足して、消えていく祭などもあるという。人のつながりをつくる町内の小さな集いが、地域再生の鍵を握っている。

人生100年時代を生きる君たちへ。

これから80年を生きるであろう若者たちに伝えたいことがある。 今こそ、自分が住んでいる地域のありよう、文化のありよう、人のありようを知っておくことだ。「人に聞かれた時に自分の住んでいるところについて説明ができるようにする。都市にも文化がある。名古屋にも400年の歴史があるので。その歴史や文化や行事を学べばいい。それが自分の誇りになり、人生の基盤になる」と伊藤先生は言う。それを学ぶために必要なのは、教科書と問題集ではない。自分で足を使って、いろいろなところへ行き、さまざまなものを見て、体験すること。グローバル時代の中で、世界に目を向けることも必要だが、実は足元の地域に根ざす大切さを知ることが、人生100年時代を生きる基盤となるのだ。

人間学部教授

伊藤 康児 教授

KOJI ITO

1981年、名古屋大学大学院教育学研究科博士後期課程教育心理学専攻単位取得満期退学。1983年、名城大学教職課程部に赴任。専門は教育心理学。現在、人間学研究科人間学専攻教授、総合学術研究科 総合学術専攻教授を併任。名古屋市社会教育委員など、学外での社会活動も多い。 著書に「生きる力をつける教育心理学」(共著)など、多数。