特集5Gがもたらす安全なクルマ社会
自動運転に5Gが欠かせない理由とは?
高画質な映像コンテンツやバーチャルリアリティーが楽しめるなど、快適なインターネット環境の実現に加えて、産業の幅広い領域に技術革新をもたらすとされる5G。中でも「自動運転」は、社会の大きな関心を集めています。今回は、高度道路交通システム(ITS)が専門の理工学部 情報工学科の山田宗男教授にお話を伺いました。
理工学部 情報工学科
山田 宗男 教授
Muneo Yamada
2006年、愛知県立大学大学院 情報科学研究科 情報科学専攻 博士後期課程修了。専門は画像処理、高度道路交通システム(ITS)、ヒューマンインターフェースなど。2013年4月より現職。ドライバーの状態検知を含む自動車のヒューマンインターフェースに関する研究、高齢ドライバーの運転能力の評価手法およびそのシステム開発に関する研究に従事。電子情報通信学会、電気学会、情報処理学会、自動車技術会などに所属。
さまざまな産業分野において今、5Gで何を実現しようとしているか。一言で表現するなら、人間がやってきたことを「機械に置き換える」ための取り組みです。私たち人間は普段、物事を認知して、判断、行動に移すという三つのステップを瞬時かつ知的に行っています。これを機械で代用しようとすると、センサーやカメラでさまざまな情報を収集し、次にどのような行動をとるのかを人工知能(AI)で判断、指令を機械に送る......といった一連の作業が必要になります。当然、膨大なデータを処理しなければならず、これまでの通信環境では「遅延」が発生していましたが、5Gの通信環境が整備されれば瞬時に処理することが可能になるのです。
私の専門は交通分野ですが、何を機械に置き換えるかというと、やはり「自動運転」が中心になります。2019年にはKDDIら6社と名古屋大学が愛知県一宮市で日本初の5Gを活用した無人の遠隔監視型自動運転による公道走行を実施、ソフトバンクがトラックの「隊列走行」の実証実験をするなど、実用化に向けた取り組みも進んでいますが、重要なのは何といっても「安全性」。現在、交通事故の発生原因の9割以上が誤操作や安全不確認などの「ヒューマンエラー」に起因するといわれており、人間よりも事故発生率が大幅に低い自動運転の実用化が期待される理由です。
カーブの先や建物の裏側など、見えない危険も制御可能に
自動運転の実現には大きく分けて二つのフェーズがあります。
一つ目が、自動車単体での自律走行。これまで各自動車メーカーは、自動車単体で安全に自律走行するための技術を蓄え続けてきました。具体的には、カメラやセンサーで障害物を判断し、事故を回避する支援システムです。これは自動運転レベルでいうところのレベル2の段階で、すでに実用化が進んでいます。
次のフェーズは、自動車単体では捉えられない部分をリモートで監視・制御するレベル3以上の段階になります。例えば、カーブの先から走ってくる自動車の様子や交差点の先にあるビルの裏側などを、自動車単体に取り付けたセンサーで検出するには限界があります。安全に走行するためには、運転操作の頭脳に当たる自動運転のシステムと、刻一刻と変わる膨大な環境情報(周辺の自動車の走行状況、路面状態、障害物の有無など)が、相互にかつ瞬時にやりとりすることが求められ、ここに5Gの「超高速・大容量」「超低遅延」「多数同時接続」の技術が必要になるのです。
社会課題の解決への期待は大きいが、多くの課題も
5Gの普及によって、走行中の自動車や歩行者が持つスマートフォンなどの端末、信号機、施設などあらゆるモノがつながり、交通をとりまく情報を広範囲にわたってリアルタイムに把握できるようになれば、交通事故の減少だけでなく、買い物弱者が増える地方や高齢者の移動手段の確保、渋滞の緩和、省エネなど、日本が抱える社会的な課題解決に大きく貢献できるでしょう。ただし、安全かつ効率的なモビリティ社会の実現には、まだ少し時間がかかりそうです。
高度な自動運転システムに必要となる技術やソフトウエアの開発はもちろん、非自動運転車との共存や、5Gの基地局やセンサー設置など、インフラ整備にもまだまだ課題があります。また、コンピューターにエラーが発生し、操作不能になる危険性を完全には排除できませんし、不正アクセスなどのセキュリティー対策も必要です。日本においては、新たなサービスが生まれる際に、これまでの法令や規制が足かせとなるケースや、サービス提供者間の連携が進みにくい場合もあり、広く活用されるまでに時間を要することも少なくありません。
ドライバーの安全操作を支援するための技術を研究
5Gの普及によって、自動運転の実用化が進むことは間違いありませんが、同時にドライバー自身の安全操作を支援するための技術もいっそう進化する必要があると考えます。
現在、多くの自動車メーカーで実用化されているレベル2の自動運転技術では、ステアリングやアクセル、ブレーキの操作が自動化されていても、ドライバーは常にシステムの動作状況や周辺の交通環境を監視することが要求されています。2020年4月にはレベル3が解禁されましたが、走行中に不具合が生じたり、レベル3の運転が可能な走行条件を逸脱したりした場合には、いつでも運転をドライバーが代われる状態にあることが大前提。つまり依然として、安全運転の義務はドライバーにあり、人が無理なく監視・制御しながら自動運転システムを安全に操作するための支援も不可欠なのです。
私の研究室で取り組んでいるのが、ドライバーの覚醒状態を保ち、居眠り運転を防ぐための研究です。眠気を覚ます方法としてはガムをかんだり、コーヒーを飲む方法が一般的ですが、ドライバーの状態をセンサーが感知し警告音を鳴らしたり、シートベルトが振動して注意を促す方法などもすでに実用化されています。ただし、これらの方法には持続力がなく、眠くなっている人を強制的に起こすことで、さらに深い眠りに陥る「睡眠リバウンド現象」を引き起こす恐れも。そこで私たちが着目したのが「磁気プロトニクス原理」の応用で、微弱な磁気刺激によって体内でのアデノシン三リン酸(ATP)の生成を促進し、ドライバーの生体機能を活性化させる方法です。ATPは生命活動のエネルギー源となる体内物質で、人間はATPが枯渇化して疲労がたまるとそれを生成するために睡眠を取ろうとします。つまり、これが眠気の正体で、運転中のドライバーに磁気刺激を与え続けることで、体内でのATP生成能を促進し、居眠りしにくい状況を作り出すことを目指しています。