特設サイト第72回 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と漢方治療

新型コロナウイルス感染症は、残念ながら、未だに終息する気配はなく、その陽性者数は、人々の活動量の増加に伴うかのごとく、推移しています。また、感染者の年齢や症状の程度も、春の第一波とは少し様子が異なり、人類とウイルスの闘いの難しさや複雑さについて改めて考えさせられます。
感染症は、人類にとって大きな脅威であり、医療や医学・薬学の発達の過程で克服すべき大きな存在であったことは、洋の東西を問わず、異論のないことだと思いますし、創薬においても新興・再興感染症対策は、今もなお大きな課題です。

一方、日本漢方の古方派(※1)が重用している「傷寒論(しょうかんろん)」は、著者である張仲景(ちょうちゅうけい、150~219)が親族のおよそ2/3を疫病で失ったことから記した「処方集」であり、「傷寒」つまりは感染症に対する処方集だとされます。
現在、COVID-19に対する有効な治療薬は確立されておらず、抗ウイルス薬としてアビガンやレムデシビルの応用やサイトカインストーム(※2)を抑止するためのデキサメタゾン投与が試されているところですが、中国や日本の漢方医がどのように考えているのかを知ることも重要ではないかと思い、調べてみました。

中国や台湾、韓国では、COVID-19治療のガイドラインに「清肺排毒湯(せいはいはいどくとう)」という処方が掲載され、軽症から重症の患者に多く用いられていると報告されています。その詳しい内容については、日本感染症学会に特別寄稿文として掲載されていますので、関心のある方は是非ご一読ください。「清肺排毒湯」は、麻黄(まおう)、炙甘草(しゃかんぞう)、杏仁(きょうにん)、生石膏(しょうせっこう)、桂枝(けいし)、沢瀉(たくしゃ)、猪苓(ちょれい)、白朮(びゃくじゅつ)、茯苓(ぶくりょう)、柴胡(さいこ)、黄芩(おうごん)など21種類の構成生薬からなる処方です。残念ながら、日本では一般用漢方処方としても承認されていない処方のため、用いることはできません。

  • COVID-19イメージ
    COVID-19イメージ図

一方で、わが国の漢方医も、今回のCOVID-19に対する漢方治療や予防について、いろいろな考え方を示しています(漢方の臨床、第67巻第4号(2020))。その中で、感染予防や発症予防には「補中益気湯(ほちゅうえききとう)」が有益ではないかと考えられ、肺炎への移行の防止策としては、「葛根湯(かっこんとう)」と「小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)」の組み合わせがよいとか、また肺炎の治療には「清肺湯(せいはいとう)」が有効ではないかと提案されています。もちろん、これらの処方には、麻黄(まおう)や甘草(かんぞう)、黄芩(おうごん)など、副作用に注意しなければならない生薬が入っていますから、注意喚起は別途必要です。また、漢方治療を試みるのも、肺炎初期のこの頃までであり、とくに呼吸困難の兆しがあれば、速やかに感染症専門病院にお願いすべきであると考えています。

漢方治療の役割は、免疫力の向上を目的とした「感染予防」や感染の重篤化の制御と回復の促進、身体的・心理的苦痛の緩和であると述べられています。
何にも増して、マスクの着用と手指消毒、さらに換気を重視し、「3密」を回避することが重要ではないかと思います。
しばらくは、これまで通りとはいきません。
薬学部を出て、国家資格を得ると、すぐに医療の最前線で働くこととなります。
いろいろと知恵を絞って、この難局を乗り切るしかないと思います。

(※1)古方派:江戸時代に起こった漢方医学の一派

(※2)サイトカインストーム:感染症や薬剤投与などの原因により,血中サイトカイン(IL-1,IL-6,TNF-αなど)の異常上昇が起こり,その作用が全身に及ぶ結果,好中球の活性化,血液凝固機構活性化,血管拡張などを介して,ショック・播種性血管内凝固症候群・多臓器不全にまで進行する状態のこと(出典:実験医学Online、羊土社)

(2020年8月3日)

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