特設サイト第73回 漢方処方解説(34)乙字湯

9月の連休に入ると、あれだけ暑かった夏も急に影を潜め、朝晩は涼しくなるなど、日増しに秋が近づいています。季節の変わり目でもありますから、体調管理に気をつけなければなりません。

さて、しばらく間が空いていました漢方処方解説ですが、今回は少し変わった処方をご紹介します。乙字湯(おつじとう)という処方です。この処方は、痔疾の漢方薬として知られており、痔核および脱肛に用いるとされています。(※1)日本薬局方における漢方エキスにも収載されていますから、意外にもニーズのある処方ではないでしょうか。 本処方は、本邦で創生された処方で、(※2)原南陽(はら なんよう)の自家蔵の秘方58処方の中の第2号処方であると伝えられており、「2番目」という意味で、「乙」の名がついていると考えられています。

構成生薬は、当帰(とうき)、柴胡(さいこ)、黄(おうごん)、甘草(かんぞう)、升麻(しょうま)、大黄(だいおう)の6つです。柴胡と升麻が痔疾によいとされ、これに駆血薬(くおけつやく)としての当帰と大黄が、さらに抗炎症作用のある黄が配合されています。 この柴胡、升麻、当帰、甘草の組み合わせは、「補剤」の代表的な処方である補中益気湯(ほちゅうえききとう)の中にも見られ、補中益気湯もまた虚証の脱肛や痔疾にも用いられることがあり、構成生薬を共通とした作用が存在することがわかります。

升麻
升麻

中でも、升麻は興味深い生薬で、キンポウゲ科のサラシナショウマの根茎を用いるものですが、効能として昇堤(しょうてい)作用や発汗作用をもち、さらに透疹(とうしん)を促す作用をもつと薬物書には書かれています。麻疹や蕁麻疹などの初期には、発汗作用とともに発疹を促し、それにより毒素を体外に排出すると説明されます。この「発疹を促す」作用が透疹作用です。また、昇堤作用というのは、「下がったものを上にもち上げる」作用のことで、言わば「気」が虚して「下がってしまった」ものに対して、「陽気」を巡らせてもち上げ、例えば脱肛や子宮下垂などの症状を治すことを言います。生薬の不思議な力を感じますよね。

乙字湯は、軽症の痔核の疼痛、痔出血、肛門裂傷、初期で軽症の脱肛に用いられますが、少量の大黄を含むため、服用後に腹痛を伴う下痢を起こす方には不向きとされています。もしも、便秘が強い場合には、大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう)や麻子仁丸(ましにんがん)などの処方を併用するとよいでしょう。
エキス製剤として、一般用漢方製剤にもありますので、ドラッグストアなどで確認してみて下さい。

(※1)日本薬局方:日本国内における医薬品に関する品質規格書

(※2)原南陽:江戸時代後期の水戸藩医。実践的な臨床家として有名となった。

(2020年9月28日)

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