特設サイト第2部 第5回 名城祭に現れた農学部1期生

  • 農学部の後輩たちの野菜販売コーナーを訪れた中川さん
    農学部の後輩たちの野菜販売コーナーを訪れた中川さん

卒業後59年ぶりの大学祭

  • 農学部時代の思い出を語る中川さん。右は長女の泰子さん
  • 農学部時代の思い出を語る中川さん。右は長女の泰子さん

農学部1期生の中川斌(あきら)さん(84)からお手紙をいただいたのは10月下旬でした。農学部の草創期について連載中の「名城大学物語」への感想とともに、「今年の大学祭には内緒で参加する予定です。研究実験棟Ⅱも見たいです」とも書かれていました。せっかく天白キャンパスまで足を運んでいただけるなら、ぜひ学生時代の話を聞かせてもらうと、中川さんと連絡を取りました。11月2日、「名城祭」でにぎわう天白キャンパスに中川さんは姿を見せました。三重県松阪市の自宅から、長女の加藤泰子さん(58)に付き添われ、近鉄電車と地下鉄を乗り継ぎ、正門に向かう坂を登り切っての母校訪問でした。3日間の名城祭最終日、土曜日の午前ということもあり、キャンパスはあふれんばかりの人出でしたが、若者たちを見つめる中川さんの顔が輝いていました。卒業後59年ぶりの大学祭の風景がまぶしそうでした。

市電の学生募集広告

  • 中川さんの手元に残る大蔵省の採用通知
  • 中川さんの手元に残る大蔵省の採用通知

中川(旧姓中村)さんは旧制三重県立農林学校(現在の県立久居農林高校の前身)の農業土木科を1947年に卒業しました。戦争直後ということで土木を生かした職がなく、税務講習所を経て税務暑職員となりました。「大蔵事務官(三級)」を任ずる辞令をもらったのは1948年3月31日付。津税務暑勤務となり、戦時補償特別税の処理を担当しました。名城大学農学部が1950年4月から開設され、受験生を募集していることを知ったのは、勤務して2年目、出張で日銀名古屋支店を訪れた時でした。名古屋から栄方面に向かう市電の車内に、名城大学の募集広告があったからです。 「名城という大学があるのか」。中川さんは、日銀名古屋支店での休憩時間、地元に詳しい支店職員から情報を集めました。中川さんはこのころ、学歴による序列がはっきりしている税務暑で仕事を続けていくべきかどうか悩んでいました。農林学校で学んだ経験も生かしたかったこともあります。東海地区には三重大、岐阜大に農学部はありましたが、国立大のハードルは高そうでした。 中川さんは中村校舎にあった名城大学本部に足を運び、入学資格について尋ねました。農林学校出身では就学年限が1年足りないことが分かりましたが、応対してくれた大学職員は「認定試験をしますから心配ありません。県でも認定試験は受けられますが、そんな面倒なことはせず、本校で入学試験を兼ねた認定試験を受けてください」と受験を勧めました。中川さんは名城大学農学部受験を決めました。

水野さんが持っていた路線図

  • 1949年当時の市電路線図(水野さんの定期券)
  • 1949年当時の市電路線図(水野さんの定期券)

中川さんが税務署員として日銀名古屋支店に出張で訪れた当時の名古屋市電の路線図入りの定期券を、この連載でも登場していただいた商学部1期生の水野貢さん(名古屋市千種区)がアルバムに張って保存していました。水野さんは1年生だった1949年当時、自宅から歩いて10分ほどの池下から中村校舎に通うために名古屋駅まで市電で出て、名鉄電車に乗り継いでいました。昭和区の駒方校舎に変わった2年生になってからは自宅から30分歩いての通学でした。 市電の定期券には乗車した区間に線が引かれています。中川さんは、名駅、笹島、柳橋を経て栄に向かう市電の中で、名城大学が商学部を法商学部に改組し、理工学部、農学部の2学部増設、さらに短期大学部も開設した1950年度の学生募集広告を目にしたのだと思われます。

松阪からの通学

農学部は1年生の時は中村校舎での授業でしたが、2年生からは春日井市の鷹来校舎での授業になりました。中川さんは松阪から近鉄電車で名古屋に出て名鉄電車に乗り継ぎ小牧へ。小牧駅に置いていた自転車で20分近くをかけての通学でした。始発電車に乗って、終電車で帰る日も続きました。台風で電車が不通になり、近鉄富田駅から松阪まで歩いて帰らなければならない時もありました。線路を歩きながら、試運転のため停車中の電車を見つけ、「行けるところまで乗せてほしい」と頼み込み、乗せてもらったこともありました。 「先生方には、台風の時は連絡なしに休むかもしれませんのでご容赦くださいと、前もって言ってはいました。帰れない時は、寮に転がりこんで仲間たちに面倒を見てもらいました。今振り返れば、よく卒業できたものだと思います。先生方には本当にお世話になりました」。中川さんは懐かしそうでした。

医科進学コースの級友たち

中川さんは、鷹来校舎で専門科目の授業が始まって、名城大学農学部が、農学科と医科歯科進学課程に分かれていることを実感しました。「名城大学75年史」に収められている農学部卒業者数は、中川さんら農学科1期生(1954年卒)は8人ですが、2年の教養課程のみで卒業する医科歯科進学課程1期生(1952年卒)は29人います。中村校舎では農学科、医科歯科進学課程に理工学部の学生も加わった大教室で教養科目の授業を受けたこともありましたが、農学科の専門科目の授業が始まって、農学科の同期生たちが実は少数派であることに初めて気がついたそうです。 それでも鷹来校舎に移ってからも、講師として出向いていた熱心な岐阜大学農学部の教員の計らいで、農学科、医科歯科進学課程の学生たちがそろって岐阜大に出かけて実験の授業を受けたこともありました。

久留米の現役歯科医

中川さんは、医科歯科進学課程の仲間たちとはよく語らい、卒業後も親交が続いています。その一人が福岡県久留米市で、今なお現役で歯科医院を開業する長沢利章さん(82)(1952年卒)です。長沢さんは公立の九州歯科大学(北九州市小倉区)に進み、4年間の専門課程を経て歯科医となりました。長沢さんに電話で聞いてみました。長沢さんは連載にも登場していただいた1期生の稲垣一人さん、伊藤良三さんも知っていました。長沢さんは、「中川さんからは税務暑の話を聞かせてもらったこともありましたし、みんな仲が良かったですよ。私たちは農場づくりとかはしていませんが、いろんな人生経験をして入学してきた農学科の皆さんからは学ぶべき点も多かったです」と懐かしそうでした。 長沢さんによると医科歯科進学課程の授業では、名古屋大学医学部の教員が講師を務めたこともあったそうです。「鷹来校舎近くで捕まえた食用ガエルをお礼に持ち帰ってもらったこともありました。食糧難の時代ですからすごく喜ばれました。それにしても名城大学という、とても懐かしい言葉を聞かせていただきました。ありがたいです」。電話の向こうで長沢さんは、遠い昔を懐かしそうに思い出していました。

田中学長との会話

  • 田中学長(商学部1期生の水野さんの卒業アルバムから)
  • 田中学長(商学部1期生の水野さんの卒業アルバムから)

中川さんは名城大学農学部を卒業後、松阪市で中川林業を創業し、社長として事業を拡大させました。「事業をしていると、どうしても学歴の中での付き合いがあります。大きな成功を収めた人たちには学ぶべきことが多い。私は普通より、ちょっとヒゲのはえた程度の事業家で結構だと思ってやってきましたが、それもでも名城大学で学んだ経験は大きかった」。 中川さんは学生時代、田中壽一学長に尋ねたことがあります。校舎として使われた旧陸軍名古屋造幣廠鷹来製作所の施設は老朽化しており、実験設備はあっても水浸しで使えない部屋もありました。たまたま会う機会があった田中学長に、「この大学の施設は本当に大学として設置認可を受けているんでしょうか」と思いをぶつけました。奨学金を受けている立場もあり、「生意気なことを言ってにらまれては」という不安もあったそうです。 中川さんに、田中学長は毅然と答えました。「足らんところもあるが、それは君たちが一つ協力してほしい」。田中学長はさらに胸を張って語りました。「わしは学校を大きくすることが夢なんだ。だから、今、一生懸命やっているんだ」。

誇りとした田中学長

中川さんはすでに中川林業社長からは退き、現在は長男が4代目社長に就任しています。「事業経営は少なくとも30年パターンで営業内容を変える知恵が必要」というのが中川さんの考えです。「ロボット全盛の世の中で、立ち遅れない事業者の努力こそ成功の鍵です」。自身の事業体験もふまえて中川さんは田中学長について、「田中先生の熱意はすばらしかった。施設も十分ではない、いわば何もないところから今日の名城大学をつくりあげたのだから」。緊張しながら、たった一度の田中学長と会話ができたことを、中川さんはずっと誇りに思ってきたそうです。この時の体験から、中川さんは、「要はやる気。自分の目標をしっかり立てること」と確信するようにもなりました。

名城祭を見学する前に、本部棟4階にある渉外部広報課で、農学部時代の思い出を語った中川さん。傍らの泰子さんが「父の母校への愛着と誇りはすごいですよ。新聞を読む時は名城の活字が載っていないか、いつも気にかけています。大学から送られてくる冊子などにもよく目を通していて、きょうは完成した研究実験棟Ⅱを見る狙いもあったようです」と目を細めながら補足してくれました。

後輩たちとの記念写真がうれしそうでした

後輩たちとの記念写真がうれしそうでした

サボテン販売コーナーで

サボテン販売コーナーで

(広報専門員 中村康生)

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