特設サイト第63回 生薬・漢方薬とドーピング問題

ラグビーワールドカップ2019が開幕し、日本代表の熱い戦いをはじめとして、目が離せない日々が続いています。また、来年の東京オリンピックに向けて、いろいろな種目で代表権争いも繰り広げられており、例年以上にスポーツが日々の生活の中で話題となっていることと思います。その一方で、ドーピング問題もまた話題となっています。

ドーピングとは、アスリートの競技能力を増幅させる薬物や方法を不正に使用することをいい、World Anti-Doping Agency(WADA)は禁止薬物を指定して、スポーツの基本理念および精神に反する行為、選手の健康被害、社会悪を防止しようとしています。具体的な禁止薬物や禁止方法は、毎年1月1日にWADAが発表する禁止表に定められ、原則12月31日まで有効とされます。禁止薬物は、(1)常に禁止される物質、(2)競技会(時)に禁止される物質、(3)特定競技において禁止される物質の3種に分類されています。

2019年の禁止表を見ますと、生薬に由来する化合物がいくつか掲載されています。(1)の常に禁止される物質には、ベータ2作用薬(※1)としてヒゲナミンが、(2)の競技会(時)に禁止される物質には、興奮薬としてエフェドリン、プソイドエフェドリン、ストリキニーネがそれぞれ該当する化合物として記載されています。この中で、ヒゲナミンは呉茱萸(ごしゅゆ)、細辛(さいしん)、丁子(ちょうじ)、蓮肉(れんにく)、附子(ぶし)、南天実(なんてんじつ)やイボツヅラフジに含まれますし、エフェドリンやプソイドエフェドリンは麻黄(まおう)に、さらにストリキニーネはホミカに含まれる成分です。

呉茱萸

呉茱萸

細辛

細辛

丁子

丁子

蓮肉

蓮肉

附子

附子

麻黄

麻黄

アスリートが風邪の治療にと服用した漢方薬が原因となり、ドーピング検査で陽性反応が出たという事例の多くは、麻黄のエフェドリン、プソイドエフェドリンや細辛のヒゲナミンだと思います。風邪の引き初めにと使われる葛根湯(かっこんとう)や麻黄湯(まおうとう)には麻黄が入っていますし、鼻かぜやアレルギー性鼻炎に用いる小青竜湯(しょうせいりゅうとう)には麻黄と細辛、麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)にはそれらに加えて附子も入っています。
エフェドリンやプソイドエフェドリンは(2)の競技時に禁止される物質でもあるので、アスリートも気をつけることができるかと思うのですが、(1)にリストされているヒゲナミンを含むものには香辛料のクローブとして用いられる丁子や、のど飴でおなじみの南天実もあるので、日常生活でも気をつけないといけません。

現在のところ、漢方薬は含有成分がすべて明らかになっているわけではないので、「うっかりドーピング」を防止するためにも、アスリートは使わない方がよいと指導すべきとされていますが、WADAが発表する禁止表を正しく読み解けば、漢方薬も適切に使用することができると思います。
正確な服薬指導ができるスポーツファーマシスト(※2)の養成も、薬学部にとって重要なミッションであると思います。

(※1)ベータ2作用薬:アドレナリン作動薬の一つ。気管支を拡張して呼吸を楽にしたり、心臓の鼓動を早くしたりする。普段からハードトレーニングをしているアスリートがベータ2作用薬を使用すると、心臓に余分な負荷がかかり、危険である。

(※2)スポーツファーマシスト:最新のアンチ・ドーピング規則に関する知識を有する薬剤師。

(2019年10月3日)

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