特設サイト第61回 漢方処方解説(27)治打撲一方

今回ご紹介する処方は、治打撲一方(ぢだぼくいっぽう)です。
これまでご紹介してきた処方とは違い、わが国で開発された処方です。
漢方医学は中国伝統医学に端を発し、わが国で独自に発展した医学であるというものの、このように日本で創製された処方があるとは思っていない方も多いのではないでしょうか。

本処方は捻挫や打撲などによる腫れや痛みに用いる処方で、受傷直後よりも数日経った頃に用いるものとされています。もともと戦国時代の金創医(※1)から伝わったものを、江戸時代に、医師で儒学者の香川修庵(かがわしゅうあん、1683~1755)が、自著「一本堂医事説約(いっぽんどういじせつやく)」打撲門に記した処方とされ、後世に同じく医師で儒学者の浅田宗伯(あさだそうはく、1815~1894)がその名をつけたのではないかと言われています。

構成生薬は、川骨(せんこつ)、撲樕(ぼくそく)、川芎(せんきゅう)、桂皮(けいひ)、丁子(ちょうじ)、甘草(かんぞう)の7つの生薬です。受傷直後に用いるときには大黄(だいおう)を加味することもあると記されています。また、受傷後数日経って使用した際に、もしも効果があまり感じられない場合には附子(ぶし)を加えるとも記されています。
これら構成生薬の中では、川骨と撲樕が重要とされます。
川骨は、スイレン科コウホネの根茎であり、瘀血(おけつ)(※2)を改善する駆瘀血薬(くおけつやく)として働き、産前産後、月経不順や婦人科疾患に用いられる生薬です。また、撲樕はブナ科クヌギなどの樹皮とされ、桜皮(おうひ、桜の樹皮)で代用されることもあります。これもまた駆瘀血薬です。

治打撲一方は、捻挫や打撲をしてしまったときの「あざ」に効くものとばかり思っていたのですが、直後ではなく少し時間が経ってから服用するものだったのですね。確かに青あざもすぐにはできず、少し時間が経ってからできるものです。捻挫や打撲による内出血を散らし、痛みも取り去ってくれる-そんな処方が戦国時代から知られ、その後漢方医により確立されたのは興味深いと思うのですが、いかがでしょうか。
症例報告などを見ますと、重症の打撲を受けた後、数年経過して神経痛様の痛みとなったものにも効果を示した例もあります。冷えたときにさらに痛みがある場合などでは、附子の加味がやはり有効だと。

打撲による局所の腫れや痛みには、このほか通導散(つうどうさん)や桂枝茯苓丸も応用されます。もしもの場合に、覚えておくと便利かなと思います。

  • コウホネ
    コウホネ

写真は、八事キャンパスのベンゼン池にあるコウホネです。後ろに生えているガマの勢力に負けてしまいがちですが、なんとか展示できるように植え替えています。

(※1)日本で室町・戦国時代以降に現れた、刀剣などの金属製武器による切傷を手当てする外科医のこと。

(※2)漢方医学では、いわゆる「血」の巡りが悪くなり、鬱血するような状態を「血瘀(けつお)」といい、その結果生じた、病気の原因となるものを「瘀血(おけつ)」と呼びます。(「第37回 漢方処方解説(13)桂枝茯苓丸」より)

(2019年7月31日)

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