特設サイト第64回 漢方処方解説(29)抑肝散

今回取り上げる漢方処方は、抑肝散(よくかんさん)です。

本処方は、中国の明代(1368-1644年)に生まれた処方であり、「主に虚弱児の夜泣きやひきつけに用いる」との記載があります。わが国では、江戸時代から小児だけでなく、成人の精神神経症状全般に用いられており、最近では徘徊や易怒性(怒りっぽさ)など認知症の周辺症状である「行動・心理症状(BPSD)」の改善に活用されています。また、錯乱、幻覚、妄想などといった「術後せん妄」と呼ばれる手術後に発生する精神障害の予防に用いられることも増えているようです。

  • 抑肝散
    抑肝散

構成生薬は、当帰(とうき)、釣藤(ちょうとう)、川芎(せんきゅう)、朮(じゅつ)(※1)、茯苓(ぶくりょう)、柴胡(さいこ)、甘草(かんぞう)の7種類で、釣藤と川芎以外は加味逍遙散と共通し、ともに神経症のような方に用いる点で似ています。ただ、加味逍遙散の場合、治療目標が抑うつ的、心気症的であるのに対し、抑肝散では攻撃的、易怒性であることが特徴です。「神経の高ぶり」がキーワードで、そのため、短気や怒りっぽい、いらいらを主とする焦燥感、神経過敏などの症状が該当しますが、その裏には不安や抑うつがあることも考えられ、先に示した現代的な使用法につながっていると思います。

認知症については、わが国で神経伝達物質であるアセチルコリンの分解を抑制する医薬品(塩酸ドネペジル)が開発され、上市されましたが、フランスでは昨年保健医療から外されるなど、世界における標準的な治療薬がない状況が続いています。そのような未だ満たされていない医療ニーズ(アンメット・メディカル・ニーズ)に応えるべく、数多くの医薬品開発研究がなされていますが、なかなかうまくは進んでおりません。そういった中で、つい最近アルツハイマー病の原因物質の一つとされるアミロイドβタンパクに対する抗体医薬(アデュカヌマブ)が医薬品としての承認申請へと一歩駒を進めることができそうだというニュースが入ってきました(2019年10月22日)。アルツハイマー型認知症の症状悪化を抑制する治療薬の誕生は待ち望まれてきたことですし、発症要因を明確にしていく上でも大きな一歩です。

抗体医薬だけで認知症のすべてを治療・予防することは、まだ難しいと思います。抑肝散や釣藤散など、認知症の周辺症状だけでなく、中核症状にも有用とされる漢方処方もありますから、いろいろな面から認知症の治療や予防に寄与するよう研究を進めないといけません。

(※1)朮については、白朮(ビャクジュツ)と蒼朮(ソウジュツ)があり、どちらも使用できます。写真では、ビャクジュツを使用しています。

(2019年11月7日)

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