特設サイト第2回 卒業生506人の安否を追って


  • 「杜の都駅伝」で3位に輝いた女子駅伝部の健闘を称える校友会東北支部の卒業生ら。
    左から2人目が野神支部長(2010年10月、仙台市で)

【仙台市で】 校友会東北支部長として

  • 震災復興への願いをこめた「つなげよう、日本。」のマークに入った新幹線車両前に立つ野神さん(7月15日、仙台駅で)

名城大学校友会東北支部長の野神修さん(72)(1962年、理工学部建設工学科土木分科卒)は大地震が発生した3月11日午後2時46分、仙台市青葉区の自宅2階にいました。野神さんは1962年に国鉄東北支社(現在のJR)に入社し、仙台新幹線工事局時代には東北新幹線のルート選定や仙台駅改良、仙台地区在来線の新幹線アクセス対策などの仕事に携わり1997年3月、国鉄清算事業団東北支社長を最後に退職しました。2010年まで東北文化学園大学(仙台市青葉区)で非常勤ながら教壇に立ち、鉄道業務実務経験者の立場からの講義も担当しています。鉄道とともに歩んだ人生でした。

この日の午後も鉄道関係などの資料を整理しているところでした。大きな揺れとともに本棚から本が吹っ飛び、デスクトップタイプのパソコンがひっくり返りました。十勝沖地震(2003年)、宮城沖地震(1978年)を体験した時の教訓もあり、タンスは倒壊防止用のテープで固定するなど、大地震への備えはしていましたが、これまで体験したことがない大きな揺れでした。幸い、自宅の損傷は壁にひびが入った程度で、外出中の奥さんや娘さんも無事でしたが、停電でテレビも映らない中、次々に心配がよぎりました。新幹線で大惨事は起きていないだろうか。仙台駅は大丈夫だろうか。自分が国鉄入りして最初に造った車両基地の給水タンク塔は倒壊していないだろうか。友人、知人、そして名城大学の卒業生たちの安否は――。

大地震に加えて巨大津波。「これは大変なことになっているに違いない」。野神さんの不安は募りました。2008年6月から校友会東北支部長に就任していますが、東北6県で506人(2010年度)を数える会員たち。宮城名城会104人、福島名城会91人、秋田名城会87人、山形名城会78人、そして岩手名城会、青森名城会各73人。毎年10月、仙台市で開催される全日本大学女子駅伝対校選手権大会(杜の都駅伝)では、母校チームを応援しようと集まり、一緒に声援を送っている会員たちの顔ぶれが次々に浮かんできました。

世界最大級M9.0

  • 大震災の惨状を伝える3月12日付の河北新報の見開き紙面(縮刷版から)

「宮城 震度7 大津波」「M8.8 国内最大 死者・不明多数」。3月12日付の地元紙「河北新報」は、空前となった東日本大震災の被害について報じています。ただ、M(マグニチュード)8.8は暫定値で、気象庁は13日、M9.0に修正。地震はM8.8の約2倍に相当する世界最大級の規模だったのです。このため、仙台市青葉区に本社がある河北新報社の紙面制作システムはストップ。12日付の同紙は、緊急時新聞制作相互支援協定を結んでいる新潟日報社に制作してもらった8ページの特別紙面です。トップ面(1,8ページ見開き)の写真は2枚。1枚は宮城県名取市で11日午後4時8分に撮影されたもので、大津波で流される家々、黒煙を上げて炎上する家が生々しく映し出されています。もう1枚は同3時36分に撮影された仙台市内のビール工場です。倒壊したビール製造施設を前に、屋上に避難し、身を寄せ合いながら立ち尽くす大勢の従業員たち。「大津波 街消えた」。衝撃の見出しが躍る紙面。仙台市内の惨状についても「家崩れ道路陥没」と交通機関のほか電気、水道などのライフラインが寸断され、都市機能がまひした深刻な爪痕を報じています。

校友会東北支部の会員名簿をにらんでの野神さんの安否確認作業が始まりました。506人の卒業生たちのほぼ半数は宮城、福島、岩手県に住んでいます。福島県会津地区や山形県、山形県寄りの宮城県に住んでいる人たちは、ひとまず津波被害の心配はなさそうです。3県沿岸部に住んでいるのは140人くらい。野神さんはその中でも、「危ないな」と思った人たちの名前に下線を引いていきました。60~70人です。すぐにでも電話を掛けまくらなければ。しかし、いくら焦っても停電のため自宅の加入電話は使えず、携帯電話もつながりません。電話による本格的な安否確認作業が始まったのは停電が復旧する13日以降からでした。

「1人では手に負えない。手分けしなければ」。野神さんは普段連絡を取り合っている支部会員に応援を頼もうと電話をかけ続けました。しかし、その支部会員たちはすでに走り回っていました。東北支部会員には建築学科卒で建築士資格を持つ人が多く、行政などの依頼で、被災した建物の傾きや基礎の沈下、壁のひび割れなどを確認して倒壊の危険性を判定する作業に駆り出されていたのです。自身のことを「土木屋」と呼ぶ野神さんですが建築学科OBの「建築屋さんたち」は大忙しの状態でした。

「みんな自分のことはほったらかしで、依頼された査定でてんてこ舞い。査定が一段落したら今度は復旧に向けての仕事がどんどん入ってくるはず」。野神さんは「自分でやるしかない」と判断。自宅の加入電話、携帯電話を使いながら、安否確認作業を続け、判明した人たちの様子をパソコンに打ち込んでいきました。電話での連絡がつかない人には次々に手紙を書きました。

安否確認表

大震災から1か月後の4月11日現在で、野神さんがまとめた名城大学校友会東北支部会員の「地震被害調査表」。氏名、学部学科と卒業年、住所、被害状況、連絡先電話番号と、必要事項の要点が書き込まれた調査表には、野神さんの奔走の跡がにじみ出ています。東北地方は何度も余震に襲われ、とりわけ4月7日午後11時32分には、宮城県沖で震度6強、マグニチュード7.4という余震もあり、400万戸が停電しました。「地震被害調査表」の注意書きには「3/11、4/7で福島・宮城・岩手会員は殆ど家財被害あり」と書き込まれ、野神さんの判断でリストアップした45人の安否状況が報告されています。以下はその一部です。

地震被害調査表(野神さん作成)

卒業
年次
学部・学科住所状況
S43理・建宮城県仙台市家族共々元気。家財被害あり。津波の被害は危うく難を逃れた。
S39理・建宮城県気仙沼市50回以上電話連絡つかず。171伝言ダイヤルでも応答なし。
S56理・土宮城県気仙沼市家族共々元気。市役所土木課長として復旧に奮闘中。家具被害。
S37薬・薬宮城県仙台市北海道支部長経由本部から、本人札幌に避難中の報
S50理・機福島県南相馬市津波被害と原発で避難しておられるものと思う。
H16理・交宮城県岩沼市3/18 迄電話 特に被害なし。3/25再度電話 元気にしている。
H16農・資宮城県仙台市3/18迄、19電話 特に被害ないと思われるが連絡つかない。
S61法・法宮城県仙台市3 /18迄、19、25電話。連絡つかず。情報では家屋損傷を予想。
S59理・建宮城県塩釜市3 /18迄、19、25不在電話に安否を尋ねたが返事なし
H19農・応化宮城県多賀城市家財被害・マンション浸水が予想される。
S39商・商宮城県石巻市4/08、09電話通じ床上浸水だが家族共々元気にしている。
H09法・法岩手県釜石市3 /18迄、19、25電話。被害大と思われるが連絡つかない。
S52農・農芸岩手県宮古市4/08被災されているかと思うが不在状態。
H14法・法岩手県久慈市4/08被災されているかと思うが不在状態。
S48法・法青森県八戸市4/08被災されているかと思うが不在状態。
S55理・建青森県八戸市4/08特に被害はなかった。

つながった電話

調査表にも記載されているように、農学部農芸化学科を昭和52年(1977年)に卒業した岩手県宮古市の古舘和子さんの安否はこの時点では「被災されているかと思うが不在状態」となっています。野神さんは手紙も書きましたが、返事はありませんでした。その後、何度もNTTの電話案内への問い合わせを続けたところ、古舘さんの携帯電話番号が判明しました。古舘さんが、自分の安否を尋ねている人に知らせることができるようNTTに手続きを取っていたのです。「無事でいてほしい」。野神さんは祈るような思いで古舘さんの携帯に電話しました。「名城大学出身の古舘和子さんですか」。野神さんの問いかけに「はい古舘です。今避難所におります」という元気な返事が返ってきました。

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「名城大学きずな物語」では、東日本大震災を通して、名城大学にかかわる人たちを結びつけた絆について考えてみたいと思っています。「名城大学きずな物語」を読まれてのご感想や、どのような時に名城大学との絆を感じるか、母校とはどんな存在なのかなど、思いついたご意見を名城大学総合政策部(広報)あてに郵便かEメールでお寄せください。

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