特設サイト第15回 大学の使命と研究支援


  • 雪に覆われた蕪島で調査中の村野助教(2011年12月19日)

雪の蕪島で

ウミネコの繁殖地として国の天然記念物に指定されている青森県八戸市の蕪島(かぶしま)も昨年3月11日の東日本大震災での津波で、海面から3~4メートルの高さまで海水をかぶり、保護護フェンスが倒され、瓦礫が流れ込みました。観光船の乗り場付近や駐車場、島とつながる歩車道、観光休憩所などが損壊しましたが、心配されたウミネコの産卵やふ化に影響はありませんでした。今年も2月下旬からウミネコの飛来が始まり、3月上旬から本格化し、地元の人たちに春の訪れが近いことを告げます。

名城大学農学部生物環境科学科の村野宏達助教(土壌学)、博士研究員の風間健太郎さん(動植物生態学)は昨年(2011年)12月19日、雪化粧した蕪島で、ビニール袋を持って歩き回っていました。ウミネコのフンが混じっていそうな土を一握り(約400グラム)ずつ採取しては次の地点に移動。島の上の方と下の方で10地点ずつでの採取作業です。集められた20袋のサンプル土壌は、組織成分が変わらないよう冷蔵状態にして宅配便で名古屋市天白区の名城大学に送られます。13号館2階のハイテクリサーチセンターに備えられている同位体分析機を使い、含まれる窒素について分析するためです。6月から始まった採取作業は12月で4回目となります。

蕪島は周囲約800メートル。「島」と呼ばれていますが、1942年の埋め立て工事で本土と陸続きになりました。標高約17メートルの頂上近くにある蕪島神社は地元の人たちにとって海の守り神であり、「蕪島の弁天様」として信仰を集めてきました。漁場を知らせてくれるウミネコは、弁天様の使者として大切にされてきたのです。

押し寄せた津波

名城大学では東日本大震災での復興支援事業として、被災地の研究者とタイアップした4つの研究に助成金を交付しています。村野助教、風間さん、同じ農学部生物環境科学科の新妻靖章准教授(動物生理生態学)の3人と岩手大学農学部の溝田智俊教授(地球化学)による共同研究もその一つです。共同研究のテーマは「津波によって喪失された海藻や陸上植物の多様性回復過程に海鳥糞起源の窒素が及ぼす影響」です。

溝田教授は岩手大学の土壌学研究室で、家畜や動物の排泄物が散布された土壌での養分動態に関する研究を行っています。蕪島でのウミネコのフンに含まれる窒素分が土壌に与える影響については2002年ごろから調査にあたってきました。

大量のフンが落とされる蕪島など営巣地ではそれが長年にわたって蓄積され、生息する動植物にも大きな影響を与えてきました。それが津波によって流され、リセットされたとしたら、島の植物や昆虫などの生息に大きな影響を与えることになるはずです。植物が枯れると土壌が流出しやすくなり、外敵から身を守れなくなるウミネコの繁殖も低下します。共同研究は、押し寄せた津波が蕪島一帯の生態系にどのような変化をもたらしたかを調べ、生物多様性回復過程への影響を解明しようというものです。

ウミネコ新聞

  • 風間さんが2011年6月に下見調査で訪れた蕪島。右半分の草木があまり繁茂していない部分が津波を被ったエリア(2011年6月23日、風間さん撮影)

風間さんは新妻准教授のもとで2010年9月から名城大学で研究生活を送っています。北海道大学水産学部の学生時代から北海道利尻島でウミネコの生態調査に取り組んできました。大学院生だった2005年には「世界に通用する海鳥研究拠点」を目指し、「利尻島海鳥研究室」を旗揚げしました。

利尻島では1987年ごろからウミネコが活発に繁殖を始め、島民らは営巣地が集落から離れたエリアに移るまでフン害に悩まされてきました。北大などは98年から2002年に生態調査を実施。風間さんは2003年から毎年約4か月間、島に滞在しながら、調査を継続していますが、調査にはやがて、北大の先輩にもあたる名城大学農学部の新妻准教授も学生を引率して合流。2008年には蕪島での調査を始めていた岩手大学の溝田教授も訪れました。風間さんが溝田教授のために現地を案内したことが縁で、溝田教授と風間さんとの親交も始まりました。

風間さんは2007年4月に、地元では「ウミネコ新聞」と呼ばれる「利尻海鳥研究室新聞」を創刊しました。ウミネコの最新情報や研究室の調査の成果などを伝えるためです。創刊号には「利尻海鳥研究室は北海道大学、名城大学、帝京科学大の教官、学生が参加しています。私達の研究成果は海鳥の保護管理に役立てられます」という記事、風間さん、当時名城大学農学部4年生の山口まどかさんらスタッフの写真も紹介されています。

ウミネコが運ぶ絆

  • 東日本大震災6日前の3月5日に名城大学で開催された「アグリオミクスによる環境調和型物質循環の構築」での研究成果報告会ポスター

東日本大震災の起きる6日前の昨年3月5日、溝田教授は名城大学を訪れていました。大学院農学研究科が開催した「アグリオミクスによる環境調和型物質循環の構築」というテーマでの研究成果報告会に招かれて講演するためです。「アグリオミクス」とは農業を4分野(微生物、植物、機能性物質、生態系)から研究していこうという造語。名城大学農学研究科が、文部科学省の私立大学補助事業である「戦略的研究基盤形成支援事業」として、4分野の総合的な観点から環境・食糧・エネルギーに関する物質循環の問題に取り組むプロジェクトです。

講演の依頼を提案したのは新妻准教授からの相談を受けた風間さんです。以前より親交のあった溝田教授が「アグリオミクス」の招待講演としてふさわしいと提案したのです。新妻准教授が、岩手大学出身の村野助教に相談をしたところ、村野助教は土壌学研究室での教え子でした。そこで、村野助教が溝田教授に講演を依頼したのです。溝田教授は「窒素安定同位体比からみた中山間地の地産食資源」のテーマで講演しましたが、講演に耳を傾けた100人近い農学部関係者の中には、溝田教授をよく知る顔ぶれがたくさんいました。学術研究支援センター長でもある農学部の船隈透教授、田村廣人教授も母校である九州大学の後輩です。ハイテクリサーチセンター実験補助員の平野美奈子さんも岩手大学農学部出身で溝田教授の講義を受けました。ウミネコがきっかけとなって広がった出会い。ウミネコは漁師たちに漁場を知らせるだけでなく、懐かしい絆を運んでくれる使者だったのです。

支援を!

  • 4月8日の全学緊急集会で、被災地研究者の支援を訴えた村野助教

溝田教授が名城大学で講演を行ってから6日後に発生した東日本大震災。名城大学では4月8日午後5時半から共通講義棟北の名城ホールで、被災地への支援を話し合う全学緊急集会が開かれました。400人近い参加者の中から30人近くが相次いで発言し、被災地支援について意見、提案を語りました。

村野助教もマイクを握りました。「私の出身である岩手大学は、東北大学ほどは大きな被害は出ていませんが、それでも研究室の実験機器が落ちるなどして使えない状態です。卒業式も取り止めになりました。名城大学でも、現地で使えない実験器具や設備は名城大学に来て使っていただくとか、いろんな支援の方法もあると思います。中根学長にも、そうした思いを伝えたくて、大学としての支援に動いて下さるようメールを差し上げました」。

集会での様々な意見や提案を受け、名城大学では生活支援、教育支援、研究支援の3つの本部が発足しました。船隈学術研究支援センター長を本部長とする研究支援本部でも研究面での支援策が決まりました。本学の専任教員が被災地の大学・研究機関の研究者と共同して、被災地復興を目的として行う研究に対し150万円を助成して支援することになりました。公募の結果選ばれた4研究の一つとして、溝田教授の研究を支援するための共同研究も認められたのです。研究代表は村野助教です。

名古屋~盛岡~八戸

  • 6月の下見調査で溝田教授(右)から説明を受ける風間さん
  • 同位体分析機を使ってサンプル土壌の分析に取り組む村野助教(右)と風間さん(2月21日、13号館2階のハイテクリサーチセンターで)

村野助教と風間さんが昨年一緒に蕪島を訪れたのは7月、10月、12月の3回ですが、風間さんは学生と6月の下見調査も含めて計4回訪れました。6月の調査では溝田教授と一緒に島内を回り、溝田教授からサンプル土壌の分析についての助言を受けました。

風間さんは海鳥生態についての研究は専門ですが、窒素同位体の分析はまだ本格的に取り組んだ経験はありません。一方、村野助教は溝田教授から分析のノウハウは学んでいますが、海鳥の研究は専門外です。溝田教授もこれまでに2回、名城大学を訪れ、ハイテクリサーチセンター内にある同位体分析機を使った分析方法での助言にあたりました。風間さんが名古屋から八戸に向かう途中、盛岡の岩手大学農学部の溝田教授の研究室に立ち寄っての打ち合わせも行われました。

村野助教、風間さんは2月24日、2011年度最後のサンプル土壌採取のため蕪島に出向きます。同位体分析機による分析調査が終わるのは3月いっぱいかかる見込みです。

これまでの研究結果について風間さんは、「同位体分析データ結果はまだ出ていませんが、津波で巻き上がった海底の砂状ヘドロが島の表面を覆っているところもあります。営巣地も壊滅したのではないかと心配しましたが、繁殖も継続され、ウミネコの数は過去数年の中ではすごく多かった。周りのコロニー(集団営巣地)が壊滅して、ウミネコが蕪島に集中したようです」と話しています。

大学だからできる支援

東日本大震災で、岩手大学は約6000人の学生のうち、帰省中だった1人が犠牲になり、沿岸部を中心にした被災学生は約300人に及びました。親や親類を亡くし学生もたくさん出ました。入学式も中止となり、新学期の遅れを取り戻すため例年なら夏休みの9月も授業が行われました。溝田教授も農学部の学生委員長として、企業から申し出があった被災した学生たちへの奨学金の配分などに追われてきました。

名城大学からの研究支援について溝田教授は、「まさか遠く離れた名城大学から助けていただくとは思いませんでした。しかも、共同研究に加わっていただいた先生方を始め、親交のあった先生方からのエールが込められていることをしみじみ感じます。非常にありがたく思っています」と語っています。間もなく65歳の定年を迎える溝田教授ですが、「あとに続く研究者にバトンタッチするためにも研究に空白を作ることは許されないと思いました」とも語ります。

恩師でもある溝田教授への支援に尽力した村野助教は「大学が行う復興支援にはいろいろな形がありますが、被災地の岩手大学とか東北大学などは教育機関として学生を送り出していかなければならないし、研究費にお金が回せず、今までの研究が途絶えてしまうことも懸念されました。義援金とかボランティア活動以外の、大学だからこそできる支援の在り方が必要だと思います」と話しています。

賢治の母校との別れ

  • 「名城大学の支援に感謝します」と語る溝田教授(2011年12月5日、岩手大学農学部内の旧盛岡高等農林学校本館前で)

岩手大学農学部の前身は盛岡高等農林学校。宮沢賢治の母校です。溝田教授は23年前の1989年、九州大学助手から岩手大学農学部に助教授として赴任しました。着任して引き継いだ古い部屋の棚や引き出しを整理しているうちに、岩手大学にとっては宝物となる岩石標本を発見しました。標本資料に書き込まれた採取地を示す花巻周辺の地名、特色ある筆跡。まぎれもなく賢治が集めた標本だったのです。標本は土壌学研究室の井上克弘教授が「記録に残さなければ」と、「石っ子賢さんと盛岡高等農林―偉大な風景画家宮沢賢治」(地方公論社)という本にまとめ、出版されました。

「私は九州の人間。たまたま職があったからここに来ただけで、宮沢賢治を意識して来たのではありません。まさか九州から岩手に来るとは思っていませんでした」。名城大学への感謝の気持ちを語りながら、間もなく別れを告げることになる岩手大学での日々を振り返る溝田教授です。

宮沢賢治が生まれたのは2万人以上の犠牲者を出した1896年(明治29年)の明治の三陸大津波の2か月後でした。37歳で亡くなった1933年は、昭和の三陸大津波の年です。溝田教授は岩手大学に着任した年、眠っていた賢治の岩石標本と出会い、教員生活最後の年に東日本大震災に遭遇しました。

「西日本大震災」へスクラムを

  • 「平成の三陸大津波による被災実態と復旧・復興の創造」をテーマに開かれたシンポジウム(2月3日、八事キャンパスの薬学部ライフサイエンスホールで)

名城大学の東日本大震災復興支援事業としての研究支援では理工学部環境創造学科の伊藤政博教授(水域環境創造学)と学外3研究者との共同研究「東日本大震災津波によって被災破壊した海岸の復旧・復興~砂浜海岸を対象にして~」も進められています。

共同研究者たちの報告発表会でもある「平成の三陸大津波による被災実態と復旧・復興の創造」をテーマにしたシンポジウムが2月3日、八事キャンパスの薬学部ライフサイエンスホールで開催されました。伊藤教授は「巨大津波による岩手・宮城県における被害の概要と復興創造」のテーマで、3回の現地視察結果を紹介しながら、大津波に対する海岸堤防の破壊状況や効果などについて報告しました。「漁港の被災実態の調査」(中山哲嚴・独立行政法人水産総合研究センター水産土木工学部長)、「耐津波を考慮した海浜保全」(山下隆男・広島大学大学院国際協力研究科教授)、「東日本大震災で被災した臨海部の復旧復興」(佐瀬浩市・国土交通省東北地方整備局港湾空港部沿岸域管理官)、「東日本大震災の教訓と企業防災の有り方」(駒口友章・碧浪技術研究所社長)の4報告も行われました。

「耐津波を考慮した海浜保全」について報告した広島大学の山下教授(環境科学)は名城大学で10年近い非常勤講師の経験があります。山下教授は今回の共同研究について、「名城大学からの刺激をいただいた大変意義ある共同研究だったと思います」と評価し、「研究結果は被災地の人たちのためだけでなく我々の防災対策に生かされなければならないという思いを強くしました」と語ります。

東海・東南海・南海地震が、東日本大震災と同じメカニズムでマグニチュード9級の巨大な連動地震になった場合、津波の高さは25メートルに達するという分析もすでに京都大学などによって出されています。山下教授が指摘するように、名城大学が呼びかけた共同研究が、「西日本大震災」への備えとして、様々な領域で研究者たちがスクラムを組むきっかけになればと願わずにはおられません。

ご意見、ご感想をお寄せ下さい。

「名城大学きずな物語」では、東日本大震災を通して、名城大学にかかわる人たちを結びつけた絆について考えてみたいと思っています。「名城大学きずな物語」を読まれてのご感想や、どのような時に名城大学との絆を感じるか、母校とはどんな存在なのかなど、思いついたご意見を名城大学総合政策部(広報)あてに郵便かEメールでお寄せください。

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